2012年03月08日

アメブロで規制されたインタビューのノーカット後半

前回アメブロで規制を受けたインタビューのノーカット版を掲載いたしましたが、お陰さまでDREAM GATEさんには規制をされずに一週間掲載を続けさせて頂いています。

今回はその後半です。
ちょっと制作や彫刻と言うニッチな話が中心ですが、制作への想いや、作品の具体的な説明なども行っていますので、是非、お目通し頂ければ嬉しいです。

今回のインタビューからアメブロ規制に至まで、近々またこちらで僕の意見を書きたいと思います。

今日のところはインタビューの後編のみ掲載いたします。
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みなさん、おはようございます。

 毎週木曜日、「みんなの学び場美術館」担当の
「彫刻工房くさか」日下育子です。




 本日は素敵な作家をご紹介いたします。


現代彫刻家の舩木大輔さんです。前編・後編の2回にわたってお届けします。


前回の高松和樹さんからのリレーでご登場頂きます。

http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11162219219.html


舩木大輔さんの作品のテーマ、素材作品制作の思いについてインタビュ―をもとにご紹介させて頂きます。

今日は後編です。

 お楽しみ頂けましたら、とても嬉しいです。 


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タイトル   奴らは必ずやって来る    制作年2007
素材   オーブン粘土(スカルピー)にアクリルガッシュ
サイズ  H1650 W220 D220(mm)



タイトル   望んでいたのはそれじゃない    制作年2006
素材   オーブン粘土(スカルピー)にアクリルガッシュ
サイズ  H200 W200 D200(mm)


日下
「 さて、舩木さんは、大学では彫刻科のご出身なのですね。制作では実材(石、木、鉄などの彫刻の素材)なども経験されたけれども、今はこの素材で制作されているということなのですよね。」

舩木大輔さん
「ああ、そうですね。僕、すごく非力なんですよ。あんまり力が無いんですね。もともと体も弱かったので、単純に粘土細工が好きな男の子がそのまま彫刻に行っちゃった感じなんです。彫刻ってみんな体育会系ですよね。」

日下
「そうですよね。」


舩木大輔さん
「僕、そういうイメージを全く知らないまま彫刻の方に行ったので、それはそれですごく戸惑って、悩みました。でも粘土っていわゆる塑像じゃないですか。だから塑像っていったらやっぱり彫刻になるので、そのまま彫刻科に行ったんですけど。でもやっぱり、その鉄とか石とか、全然彫れないですよね。力が無くて。
 あんまり工具とか使って、力が無いので、石なんか穴を開けようと思っても自分の方が弾んじゃう感じなんで、僕にとって効率的な素材じゃない感じなんです。

 ちょっと木を選んだことがあったんですよ。でもやっぱり僕は粘土というのを小さい時からいじっていたせいか、失敗が許されない緊張感というのを全然楽しめなくて、それでそのあとすぐ塑像というか粘土の方に行きました。


 それで、当時は彫刻というとパブリックアートみたいなところでしか活躍の場が無かったので、よくパブリックアートみたいな事を言われて、学部の時は、なんかそれなりに耐久性などや、雨風に当たって劣化が激しい素材はどうこうという話があったので、当時はそれなりにFRPにしたりして。 作品のサイズも大きくしたりして。
 
 大きさだけでいえば等身大位あったんですけれど、でも原型を作ったらもう90パーセント位満足しちゃうんですよね。それで残りの10パ―セントで型をとって、FRPのバリ取りをしてというのは何かどうも、当時の学生の身分としては生意気ですが、それは表現という所とは違くて作業だと思ったんですよね。

 僕は自分の中で思いついたものをもっとどんどんかたちにしたいという欲求があったんですよ。 なのでその欲求が耐久性とか、外に置くのが前提だからという理由で、思ってもいない作業をしなくてはいけないというのがすごく耐えられなくて。
 それで、僕の作品は外には置くつもりはありませんというぐらいの感じで、大学院に入ってから、そういう型どりとかをする必要のない素材に移っていったんですね。」


日下
「なるほど、じゃあちゃんと数は作れる素材ということですね、月に一作品作るとブログか何かに書いていらっしゃいましたが。」


舩木大輔さん
「そうですね、ただ大学院に入って卒業して彫刻に戻ってから、しばらくは等身位の大きい作品を作っていたんですよ。で僕はもともと球体関節人形というのが好きで、ご存知ですか?」


日下
「はい分かります。四ツ谷シモンさんとか。」


舩木大輔さん
「それで、もともとああいう関節に球体が入っていて、動く人形を作りました。ただそれは展示をしようとしてスタンドなどに立たせると、もう棒立ちにしかならないんですよ。
 要するに関節は動くけど、重力にはた耐えられないので。その・・・展示してもみんな突っ立ってる表情がつまらなくて、で関節は球体で繋がっているけど、ポーズを固定するみたいなことを始めたんですよ。

 で、そうしたら、やっぱりもともと彫刻なので、ポーズをとらせると筋肉の動きとか、肉の溜まりとか伸びとかそういうマニアックなところがやりたくなって。そういう体の状態って関節に顕著に表れますよね。それで関節をとっちゃったんですね。でも、そうするとただの裸婦像とかにしかならなくて、要するに関節も無い普通の人間だし、ポーズも固定していて人間のかたちして立っていると、もう裸婦像にしかならなくて、今更それをやってもどうしようもないというか、退化しているようにしか思えなくて。

 それで、その時に一から考え直そうと思って、その時に大きい作品ではそれなりに時間がかかるので、思いっきりチャレンジングなことってできないんですよね。もう失敗するのも怖いし。で、こういうのちょっとやってみたいなと思ってもどうしても後回しになってという経緯があって。
 なので、とにかく作品を小さくして、失敗しても後悔しないぐらいの時間で作れるぐらいの大きさまで小さくして、とにかく頭に浮かんだものは全部作ろうと思ったんですよね。」


日下
「ああ、そうだったんですか。」


舩木大輔さん

「そしたらここまで小さくなっちゃたという。でもともと細かいのは得意だったので、ここまで小さくなってもそんなに、素材やテクニックの面でちょっと困るということはあんまりなかったんですね。ただ大きさは大分小さくなってしまいましたね。ただ思ったことは何でもかたちに出来ています。

 普通、彫刻家だとマケット(模型)とか作って本番に挑んだりするでしょうけど。僕はそんなことも面倒臭くてとにかく作っちゃうので、だからお蔵入りしちゃう作品もたまにあるんです。やってみたらあんまりかたちとして面白くないとか、造ってみたらこれは思ったより伝わらないなとか、そういうのが出てくるので、それはどんどんお蔵入りにしちゃって。

 何か僕はそっちの方が効率がいいんですよ。マケット作ったり、ドローイングしたりするよりも。」


日下
「そのように制作そのものが既にどの段階も本番という風にやってらっしゃると、その制作の面白さが表現にも出てくるのかなとは感じます。
 それで素材は、スカルピー(オーブン粘土)って書いてありますが、焼いていらっしゃるんでしょうか。」


舩木大輔
「そうです、焼いているんです。」


日下
「オーブント―スターで焼くみたいな感じでしょうか。」


舩木大輔さん
「そう、オーブント―スターでも焼けますが、今僕は熱の通り方とか作品の大きさとかいう問題で、薫製器ってあるんですよね。薫製を作る要は鉄の箱なんですけど。
 その薫製器に電気コンロを突っ込んで自作窯みたいなのを作って焼いています。通常は家庭のオーブント―スターでも焼ける素材です。」


日下
「モデラーとかフィギュアの方が使うものなのでしょうか。」


舩木大輔さん
「そうすね、基本的にはフィギュアの原型師さんとかが使う素材です。」


タイトル   だって翼が生えるの    制作年2008
素材   オーブン粘土(スカルピー)に油彩
サイズ  H160 W365 D200(mm)




タイトル ×(1945+X+Y) シリーズVol.1  光の中からこんにちは。  制作年2010
素材   スカルピーに油彩
サイズ  190×130×150(mm)




日下
「そうですか、私は扱ったことがない素材なのでお聴きしてみました。

 それで舩木さんの作品というのはどれも独特でいらして、ブログなどでも、個々の作品制作の思いを書かれていて、言葉にも力がおありだなと感じました。
 そういう作品にも言葉にもどちらにも力があるというのは、私は素晴らしいことだと思いました。

 それで個々の作品について、私と読者に向けて、少し作品を読み解いて頂けたらとても嬉しいのですが、いかがでしょうか。
 私が好きな作品は『可愛いあの子のために愛を叫ぶんだぜ』です、とてもストレートですし、分かりやすいと思います。
 とてもあっけらかんとしている感じがとてもいいと思いました。

 それと『だって翼が生えるの』も私ははじめはあまり傷を意識しないで拝見していたのですが、よく拝見すると痛みのある作品ですね。この作品はやはりリストカットのような事を題材にしているのでしょうか。でもやはり希望ということで翼が生えてきちゃうということなのでしょうか。」
 
舩木大輔さん
「そうですね、そこはもう一つあるんですけど、僕の周りにリストカットとかしている人が何人かいるんですね。そういう人たちと話をしての、ちょっとドキュメンタリ―という感じもあります。うつ病とか引きこもりとか・・・・リストカットする人ってリストカットすることで安心すると言うんですよね。
 そして、特に死にたくて切っているわけじゃないんですよね。大概の時は。切って血を見るとすごく安心して、明日から頑張ろうとかって思うらしいんですよ。」

日下
「ああぁ、そうなんですか。」


舩木大輔さん
「その感覚は、僕もすごくよくは分からないんですけれど。 ただ一つ、彼女たち、女の子が多いんですよね、彼女たちにそれをするなというと余計苦しくて苦痛だと思うんですよ。
 結局彼女たちは自分を救うために、明日から頑張ろうとか思うために、切るんですよね。それで彼女達は切ることでその何か軽く『プチ生まれ変わり』みたいなことをしているんだと思って、それで翼を生やしているんですね。」


日下
「そうなんですか~。うぅ~ん。その血を見ると安心するとか、明日から頑張ろうと思うとかいうのは、肉体に痛みを感じることでリアリティーを求めるというか、そういうことなのでしょうか。」


舩木大輔さん
「そうなんですかね。そこはちょっと当事者じゃないのでわからないんですけど。だからその、それは僕も勘違いしていたというか、思ってもいなかったことなんですが、すごく可哀想なのは彼女たちが、特に団塊の世代みたいな人たちから言わせると、すごく“弱い人間だ”みたいな言い方をされるんですよね。何かがあるとすぐ手首を切っちゃうみたいな。

 違う世代の人は『死ぬ気もないのに・・・(切るぐらいなら死ねという意味ではなく)』みたいなことを言うんですけど、でも彼女たちは強いわけではないかもしれないけれど、強くなろうとして手首を切っているというか、すごく頑張るんですよね。 何も出来ないかもしれないし、弱い立場かもしれないけど、それでも毎日強く生きようと本人なりに思っていて、そこの何も出来ない自分だけど何かがしたい、強く生きたいという所の狭間で、多分そこの穴を埋めるために手首を切るようなところがあるのかなと思って。

 僕は彼女たちを責める気にはならないし、毎日手首を切るしかないのかな(切る以外に回避策が無いのかな?)とすごく思うけど、もう手首を切ることでしか救われないんだったら 『手首を切りながらでも頑張って』って思うんですよね。ちょっと肯定してあげたいというところがあって。人間って辛い事とか悩みとか一つぐらいはあるけれど、やっぱりそこを否定されると余計辛いじゃないですか。でもそういうものを抱えているのが人間だし、しようが無いしみたいな思いも自分の中にあったりして。何かそういうことですよね。」



タイトル  指一本で何かが変わり始めるかもねぇ~。   制作年2011
素材   スカルピーに油彩、石粉粘土にラッカ―塗装
サイズ  240×260×130(mm)



日下
「う~ん。すごく深いですよね。
 もう一ついいですか『指一本で何かが変わるかもねぇ~』についてもお聞かせいただけますか。この作品はアルファベットの意味がわからなかったので、より気になりました。」


舩木大輔さん
「そう、ちょっとこれ意外に失敗だったと思うのが、RTというのが、意外に世の中的に知られてないんだなと、僕も最近気づいたんですけど。
 あのRTってこれ、言葉でいうとリツイートっていう意味で、ツイッターの記号なんですよ。でツイッターを結構見たりやっている人は、RTという二文字のつながりにピンと来るものがあると思うんです。」


日下
「そうですか、私もツイッターはちょっとだけやっているんですけれど分かりませんでした(笑)。」


舩木大輔さん
「公式のリツイートする時には付かないけど、非公式のリツイートする時に自分で、前の人の引用をして、文章の頭にRTってつけて、返信したりするんですよね。
 RTっていうのは、そのリツイートの意味なんですよ。
 
 それで、さっきの中東の革命とか見ていて、あれツイッター・フェイスブック革命って言われたりしてますけど。 何かソーシャルネットワークを通じて、反政府的な意識のある若者をつのって、最終的にある日どこかで突然、広場に群衆が集まるみたいな感じになったんですけど。でも別にツイッターでもフェイスブックでも、別にデモには参加しないけど、世の中変わった方がいいなと思っているから、情報を拡散するための手助けはするという人は結構たくさんいたと思うんですよ。

 特にリツイートって指一本で出来ちゃうじゃないですか。でも指一本でリツイートを繰り返すことによって多分その、仲間をいっぱい集められて、それでその中には、デモをやるなら俺たちも行くぜみたいな人たちもいて・・・・。ということだと思うんですよね。

 だから本当に今の世の中って、もしかするとそのリツイートっていうか、指一本でリツイートをすることによって、世の中を変えることができるかもしれないっていう。まあそこなんですよね。そういう指一本で、ワンクリックで世の中を変える一部にはなれるかもしれないっていう。だからその女の子のは寝そべっているんですよね。
 僕もデモには行かないタイプなんですけど(笑)」


日下
「うーん。なるほど~。そうですか。
 そういうお話を聴いていると、舩木さんの作品で面白いところというのは、今までの伝統的な彫刻ではテーマにし得なかったようなものがテーマになってきているという気がします。
 

舩木大輔さん
「そうですね、。本当にテーマは時事ネタと言ってはそれまでですけど。時事ネタですよね。」


日下
「私は実材を使った彫刻をしていて、身近な出来事から感じることを入り口にしますが、大きなテーマは生命感とか、自然とか、哲学とかそう言うものに向き合っているところがあります。
 舩木大輔さんの作品の個性的なところは、ダイレクトにすごく身近なテーマそのものに向き合っていらっしゃいますね。 舩木さんをご紹介下さった高松和樹さんが『現代彫刻家』と仰っていましたが、本当にそうなんだなという風に思います。」


舩木大輔さん
「今回、僕は自分の個展のタイトルに『カジュアル・コミット』ってつけてるんですよね。全然作風からはかけ離れちゃうというか、作品がエクストリームというほどではないけれど、作品が怖かったりするので、そう言った意味では作品のビジュアルからイメージが遠いかも知れないのですが。
 要するにみんなもっと気軽に、自分の外側の世界と関わりを持ってほしいという願望みたいなものなんです。」


日下
「なるほど~。」



タイトル  「そろそろ上書きインストールでしょ。 」   制作年2012   
素材   スカルピーに油彩、パネルにアクリル塗装
サイズ  114×60×14(cm)






舩木大輔さん
「なので、僕もやっぱり彫刻科を出ているので量感とか、タッチによる質感の表現方法とか、安定感とか興味が無いわけではないのですが、ただそれはあまりにも彫刻の中の話であって、それをいきなり提示してもよくわからないんだと思います。それこそパブリックな場所に女性の像とかこの辺でも立っています。それで、どうして彫像の下半身は大きいんだろうねという話が生徒さん達からも出るんです。

 それで、僕らだと安定感を求めるとか生命感を求めるが為に、あるいは女性らしさを強調するために結構腰周りとか、腰から下って大きくなりがちだったりするじゃないですか。
 でも最近の若い子って、みんなお尻が小さいし、みんな細いですよね。でもその橋のたもとに鳩とかと一緒に立っているような女の子の像は、若いのにすごく、腰つきが大きいんです。そんな風にこの辺でアートとかに触れない人にとっては、逆に不自然みたいなんですよね。

 そういうことを説明してあげると、なるほどね、という話にはなるんですけど、多分そういう方向で彫刻っていうのを極めていって、それをいきなり世の中に提示しても多分わかりにくいんだろうなというのがあります。

 僕はそこが興味が無いわけではないけれど、こう時事ネタみたいな、もうちょっと身近なものをテーマにしてそれによって興味を持ってもらうというか。最初からみんながアートとか彫刻とかに興味を持ってくれるといいんですけど、まだそこまでいかないなという僕の思いがあって、なのでむしろそのアートっていうのが先に来ずに、アートを手段にするか目的にするかという話がよくあるんですが、もう手段とするしか存在意義がないんだったら、手段として働くしかない、みたいなことです。何となく。

 勿論目的でなければ、存続が無いとか発展が無いとか、アートがアートである以上、アートとしての目的を遂行すべきだという意見は分かるんですけど、ただそれをやっているとすごい世の中から乖離していく気がして。」


日下
「そうですね。それは感じますね。
 私自身も石を彫ってきて、ここからやっていくとしたら、あまり目的遂行だけにこだわらないような気がしますね。
 私自身が今このようなブログ活動をしているのは、精神とビジネスの学びをしていて、その活動を実践しているということがあります。

 今までは、先輩作家さんなどから、美術をやる以上、100人の方に見て頂いたら、100人の鳥肌を立てるぐらいじゃないとという事を言われてきました。
 これからは人がどうあれですが、いろんな作家さんがいて、いろいろな発表の仕方やら活動の仕方がある上で、私自身の場合は100人対象よりはたった一人のためにという作り方になるのではないかという気がしています。」


舩木大輔さん
「ああ、そうですね。今はそのたった一人のために比較的情報は伝わりやすい社会ですもんね。それは何となく、僕もそうは思いますね。
 あんまり大衆みたいなものを意識しなくてもいいのかなと。」


日下
「まあ、自分のありのままの姿とか、心地よさとかに忠実になっていけばという意味でです。心地よさ、やりやすさといっても単純にやりやすいというのではなく、どこで納得するのかというのを追求していくと、私はそういう特性の人なのかもしれないと思っています。無理をせずというか、アーティストがワールドワイドな活動をすることだけがすごく王道的なアートというのではなく、いろんなあり方があるという意味です。」


舩木大輔さん
「そうですね。多分何か興味をもってくれる人がすごく増えれば、いわゆる王道的じゃないアートも何とかなると思うんですよね。それは音楽業界を見ているとそうだと思います。
 
 音楽ってすごく民主的な発展をしていると思っていて、すごく大衆文化になっているじゃないですか。多分レコードの時代って音楽って高級品で多分レコード自体に税金がかかっていた時代もあったと思うんですが。それがCDになって大分安くなって、コピーもできるので、大分大衆に溶け込んだじゃないですか。だからインディーズでも何とかなるというか。

 あと本当に音楽が良かった時代って、例えばコーネリアスみたいな、ああいうちょっと変わった事をやっている人が結構セールスを出すとか、音楽の事務所がプロモ―ト出来るというのはそれだけ器が大きかったからだと思うんですよね。パイが大きいからちょっとチャレンジングなことができるんだと思うんです。

 だからアートってすごく狭いから、あんまり変な事をやっていると本当にポツンとしちゃうというか、だからそれは作家がやらなくてもいいのかも知れなくて、僕は個人的に社会と関わりを持とうと思っているんですけど、多分そんなことを誰も思わなくても、もしかすると他力本願なんだけど評論家とかキュレーターみたいな人たちが、すごい頑張ってくれて、もっと大衆がアートに興味を持つようなプロモーションができてれば、作家が頑張ばらなくても日本におけるアートの状況が 変わったのかもしれないですけど。

 でもまあそれを言っても、作家が頑張らばらなかったのか誰が頑張らなかったのかわからないですけど、とにかく今すごくあの注目をされていないと思うんで、なので他人に頼っていてもいつどうなるか分からないので、自分から社会と関わってみようかなと思っているんですね。」


日下
「そうですね、素晴らしいです。たくさんお考えを聴かせて下さってありがとうございます。
 
 さて、舩木さんは 今個展中かと思いますが、ギャラリーさんとの関わりについて教えていただけますか。」


舩木大輔さん
「今、個展をやっているのは、ギャラリーアートコンポジションといって月島にあるギャラリーなんです。もう一つ、貸しギャラリーで発表していた時からマキイマサルファインアーツさんでよくやらせてもらっていました。でも今でも企画があったりすると声を掛けてもらったりするんですね。なので、マキイさんとは今でもお仕事させてもらっていますね。
 マキイさんのところは半貸し・半企画みたいで取り扱いという風にはなっていないので、声がかかれば展示させてもらう見たいな感じですね。
 所属としては、ギャラリーアートコンポジションの方が取り扱い画廊という風になっています。」


日下
「舩木大輔さんの今後の発表予定や抱負などお聴かせ頂けますか。」
 

舩木大輔さん
「これからはですね、2月18日まで個展をしているんですけど、決っているのは6月に学生の時の仲間で展示をします。
 それは6月5日から10日までギャラリーKINGYOさんでのグループ展です。参加作家が38人いるみたいです。全員が同じ大学を卒業している出身者です。」


日下
「とっても、見応えのあるグループ展になりそうですね。詳細がでましたら、ぜひこのブログでも紹介させて下さい。
 
 では、最後に次回のリレー作家をご紹介頂けますでしょうか。」


舩木大輔さん
「私からの紹介作家は 川尾朋子さんです。バックグラウンドは書、現代書で、幅広い活動をしていらっしゃいます。現代美術ギャラリーに所属して活動している作家さんです。
 SATOSHI KOYAMA GYARLLYです。 去年の夏ぐらいにオープンしたところなのでまだ新しいところです。」 


日下
「舩木大輔さん、今日はお忙しい中、素敵なお話をたくさんお聴かせくださいましてありがとうございました。」




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舩木大輔さんには、前回の高松和樹さんのリレーでご登場頂きました、

今回、初めて舩木大輔さんの制作への思いをお聴かせ頂きました。


『 社会的に弱い人とか、あるいはすごくニッチな世界とかをテーマにしつつ、アイロニカルな感じを取り入れたり、モチーフになっている子が笑顔だったりとか、見る人にも少し
 歩み寄りつつ、問題提起をしていきたい』という作家の言葉通り、とても社会的な問題意識のあるテーマで、見る人の心に強く残るオリジナリティーあふれる作品を作っていらっ
しゃると感じました。

今回、インタビュー記事の一部と作品写真の掲載を、都合により一部割愛させて頂くこととなりましたが、ご理解頂ければ幸いです。
また掲載も1週間遅れとなりまして、楽しみにして下さっている読者の皆様には大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。

上記の通り、
※『記事全編をご覧になりたい方は、舩木大輔さんブログにてご覧下さいませ。⇒ http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/ 』



皆さんもぜひ舩木大輔さんの作品をご覧になってみてはいかがでしょうか。 



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◆ 舩木大輔さんのホームページ

  ⇒http://www.daisuke-is.me/ 


◆ 舩木大輔さんのブログ 美術家は実は企業家でした

  ⇒http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/d2011-11.html


◆ 舩木大輔さんが主宰するアトリエ
  アートスタジオ プチプぺ
  
  ⇒ http://www.petite-poupee.com/                   


◆ 舩木大輔さんの作品の取り扱いギャラリー ギャラリー アート コンポジション
  
  ⇒ http://www.galleryartcomposition.com/japanese/main.htm
  


◆ 舩木大輔さんが6月に参加するグループ展の会場ギャラリー。ギャラリーKINGYO
  
  ⇒ http://www.gallerykingyo.com/index.html



◆ 舩木大輔さんの月間プチプぺ通信で、私がとても感動したもの
    
 ⇒ http://www.petite-poupee.com/school/communication/2008/200808.html  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 12:30Comments(0)TrackBack(0)僕の作品の紹介で恐縮なカテゴリ

2012年03月01日

規制することに合理性・発展性はあるのか??

前書き
このBlogは日下育子さんが書かれているBlog「みんなの学び場美術館」内に掲載されている記事のノーカット版です。

こちらに平行して同じ内容を記載する理由と言うのは、元々「みんなの学び場美術館」はアメブロ内で運営されているのですが、僕の今回のインタビュー内容がアメブロの禁止事項に引っ掛かったためです。

文言が引っ掛かったのか、画像が引っ掛かったのか判りませんが、内容を読んで頂ければ決して文言によって人を傷付ける様な事はありませんし、画像は芸術作品としてエロスや痛みを伴った過去累々と制作され残された芸術作品のそれと比較しても尚、規制されるモノか疑問を感じますが、1つの問題提起としてこちらの“社長Blog”に掲載したいと思います。

この件についてはここではこれ以上言及いたしません。
また近々、こちらに書きたいと思います。

多様性と寛容性のある社会を夢見て


舩木大輔

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みなさん、おはようございます。

 毎週木曜日、「みんなの学び場美術館」担当の
「彫刻工房くさか」日下育子です。




 本日は素敵な作家をご紹介いたします。


現代彫刻家の舩木大輔さんです。前編・後編の2回にわたってお届けします。


前回の高松和樹さんからのリレーでご登場頂きます。

http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11162219219.html


舩木大輔さんの作品のテーマ、作品制作の思いについてインタビュ―をもとにご紹介させて頂きます。

今日は前編です。

 お楽しみ頂けましたら、とても嬉しいです。 


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タイトル   可愛いあの子のために愛を叫ぶんだぜ
制作年  2007
素材   オーブン粘土(スカルピー)にアクリルガッシュ
サイズ  H315 W130 D180(mm)





タイトル ちょっとやらせてくれる?
制作年  2010
素材   オーブン粘土(スカルピー)に油彩、ロープ、シ―ナリーパウダー
サイズ  H155 W175 D175(mm)





タイトル  「 ココまで来たけどココまでっぽい。 」
制作年  2011
素材   石粉粘土に胡粉下地油彩塗装、発泡ウレタンフォームにアクリル塗装
サイズ  125×80×75(cm)



日下
「舩木大輔さんの制作テーマについてお聴かせ下さい。」


舩木大輔さん
「僕の中で大きく、本当になぜこんな風にものを作っていちいち発表しているかというと、世の中をちょっと良くしたいということがあります。
 世の中を良くするには、どちらかというとネガティブなことがテーマになるんですね。社会的に弱い人とか、弱い団体とか、あるいはすごくニッチな世界とかをテーマにしつつ・・・・。
 もともとがネガティブだから、それを思いっきりやると暗い作品になるので、僕なりにちょっとアイロニカルな感じを取り入れたりとか、必ずではないにせよモチーフになっている子が笑顔だったりとか見る人にも少し歩み寄りつつ、問題提起をしていきたいなというのがあります。
 なので、大きくは世の中を明るく幸せしたいということが根底にはありますね。」


日下
「ネガティブを通して、世の中を明るく幸せにしたいということなのですね。」


舩木大輔さん
「そうですね。ちょっとネガティブとかアイロニカルな表現を通して世の中の人に認識してもらいたいかなと。例えばリストカット、引きこもり、自殺とか、そういうことってみんな問題なのは知っているじゃないですか。情報としては知っていると思うんですよね。でも、すごく身近にそういった問題を抱えた人がいなければ、そんなに身近な問題としてとらえないですよね。
 大問題なのは知っているけど、じゃあどうにかしようとか、それをちょっと変える方向に、何か小さい事、細かい事でもやってみようと思う人って少ないですよね。
 
 それって何となく・・・・僕の勝手な解釈ですけど、文字とか声とか・・・、大体、いま情報が伝わるのって新聞やネットとかの記事になってるものとか、テレビラジオの音声とかが多いと思いますけど、結構それって右から左に流れていってしまって、大変な問題だという情報だけは知識としては知っているけど、そんなにあんまり残らないんだろうなと思っているんです。
 
 それで文字とか声とかというものはメディアなので、彫刻や絵画もメディアと考えれば、社会的な問題を彫刻とか立体というメディアに乗っけて発信すると、勿論メディアが変わるので伝わり方が違うかなと思って、駄目かもしれないけれど、実験としてそういうことを作品を通してやりたいのです。」


日下
「はい、舩木さんの作品は心に残り方がとても強いと思います。」


舩木大輔さん
「多分それはそうかと思います。より具体的なかたちになるので。結構規制されたりするんですけど。」


日下
「はい、舩木さんのブログに展覧会が規制されて途中終了ということが書いてあったので、そういうことってあるのかと思いました。」


舩木大輔さん
「そうですね。去年、渋谷西武で。それはグループ展だったのですが、誰から規制されたのかはいまいちハッキリしないんです。すごく突っ込んで聴いた作家は、主催者側からかなり真実に近い理由を聴いているらしいです。ただ、そんなにそこを突っ込まなかった作家には、真実は知らされていないですね。だから僕も、どの作品が誰によって規制されたのか、クレームがあったのかは聴いていないんですけど。それは僕の作品によるものかもしれないし、そうじゃないのかも知れないですが。

 渋谷西武で行われていた、ちゃんと会期を設けて作家も数人、といっても20名ぐらいで大分多いんですが、作家たちを呼んで行った展覧会が、会期最初の3日、4日目で突如終了しました。僕らが聴かされた時には『今日を持って終了しました。』という事後報告でした。

 それは僕の作品によるものかどうかというのはよくわからないですが。今回も個展中なのですが、それもクレームめいたものがきて、展示の仕方を変えなければならないということがありました。」


日下
「展示の仕方を変える?」


舩木大輔さん
「そうなんです。ギャラリーの立地的に、一階の路面向けになっているので、道路ではないのですが外に向けて作品を展示出来るんですね。その作品が、通行人からするとよろしくないという人がいたらしく、外向きだった作品を内向きに変えなければならないという状況は起きたんですよね。」


日下
「それは裸とかそういうことでしょうか。」




タイトル 残した種は咲かせましょう
制作年 2010
素材   レジンに油彩、ワイヤー
サイズ  可変(一体:270×50×330(mm))



舩木大輔さん
「うーん、具体的に言うと、首を吊っている作品があったのです。 
 
 この作品は 自殺を扱った作品です。自殺する人と言うのは、もちろん死にたくて死んでる人ってほんの一部です。できれば何とかして生きたい。でも希望も無いし、色々な理由で仕方なく死を選ぶ場合がほとんどです。そうやって死を選ぶ人が日本人は年間3万人以上も居るんです。先進国の中でも際立ってく多い。まぁ韓国も多いのですが・・・。その死んだ人が死を選ぶに至った理由っていうのがあるんだと思うんですが、そういう彼ら彼女らが残した課題を、1つの希望の芽と捉えたいんです。もちろん死ぬことが希望では無いですよ?せめて彼らの残した課題を芽と捉えて、残された僕らはその芽を咲かせて、死を選ぶ人を少しでも減らさないといけないと思うんです。だから、彼らの心(芽)から花が咲いているんです。もちろん年間3万人以上が自殺をする自殺大国だという事は、みんな問題だとは思っているでしょうし、3万人と言う数字も知識としては知ってるでしょう。でも、全然深刻な問題だとは捉えられてない、自分とは凄く遠い問題だとみんなどこかでシラッとしてる。それでは日本の自殺問題は良くならないですよね?もちろん気持ち悪いと思う人や気分を害す人も居るかもしれません。でも、この問題はそれ程に気分が悪くなる、深刻な問題だと言う事をもっと認識して貰いたい。 というイメージで制作したものです。
 
それを外向きに並べていたんですよね。これがよろしくないということになったんですけど。

 まあ、難しいですよね。僕もどちらかというと弱者側からの目線というか、そこがテーマなので。こういうような作品を快く思わない人とか本当に気持ち悪いと思う人がいるだろうという想像はつくんですけど。

 ただ自殺している人を愚弄しているわけでもないし、別に女体とか裸とかをもてあそんでいるわけでもないし、そういうふうに見えるってこともないんじゃないかなぁと思って、半分見る人に期待して作品を外に向けたところもあるけれど、世の中の人はそれほど寛容的ではなかったということかなと思います。」


日下
「そうですか。さきほどテーマをうかがった時に、例えばリストカットとか何かいくつか仰っていましたが、もう一度お聴かせ頂いてもよろしいでしょうか。」


舩木大輔さん
「まぁ、それはすごく例え話なのですが、リストカットとか、引きこもりとか、自殺とか、果ては否モテといってモテない人たち、あるいはオタクの人たちとか、いわゆる草食系男子とか、それから大きく捉えると女性そのもの、女性の社会進出的なことや、格差問題でいうと若者世代のことなどです。そういうことを別に二項対立にするつもりはないんですが弱いもの、狭いものとか、すごく注目されない部分とか、そういうものをテーマにしていますね。」


日下
「舩木さんの彫刻表現には、とても現代の問題が反映されていると思います。今のお話をお聴きしてみて、私自身の見方が表面的だったのかな、と思うところがありました。
 ですが敢えて、私の感じ方の第一印象を言葉にさせて頂くと『誰しもが抱えている煩悩みたいなものをすごく鮮烈な表現で制作』していらっしゃるのかと思っていました。

 ホームぺ―ジで拝見した初期の作品でも、私が気に入ったと申し上げた『あの娘のために愛を叫ぶんだぜ』みたいなストレートな表現のものとか。
 でもすごく鮮烈な表現というだけではない、何か違う感じもしてきていました。」


舩木大輔さん
「そうですね。僕もすごく作品やテーマが変容しているんですが、愛を叫んでいる作品なんかは、勿論そういう風に捉えてもらっても構わないんですが。 例えばオタクと言われているような人たちがすごく頑張ってラブレターとかを書くと、たいがい気持ち悪いって話になりますよね。あるいは、すごく太っている女の子が頑張ってお洒落していると、それはそれで気持ち悪いとか言われてしまったりするじゃないですか。それって超可哀想ですよね、単純に。

 別にオタクだって恋をしてもいいし、好きな人に好きだと言ってもいいし、別に太っている女の子だってお洒落してもいいじゃないですか。僕は何かそちら側に立っているんですよね。」


日下
「そうですか。私はこの学び場美術館のインタビューでいろんな作家さんとお話をさせて頂いていますが、その中でも舩木さんの作品はとても人を引き付ける魅力があると思いました。というのは舩木さんのブログを拝見していたら、ご自身が失敗経験、挫折の経験をお持ちだと書いてあったからです。

 というのは、これらの作品は痛みを知っている人の表現なのかと思ったんです。一見奇抜にも見えますが、それだけではないと感じられるのはそういうところからきているのかなと思いました。 それは作品のみならず、作家さんの魅力かとも思いました。」


舩木大輔さん
「そうですね。僕から他の作家さんを見ると、評価されているとかされていない、売れているとか売れていないは別にして、単純に美術系の活動を学生を卒業しても続けられているような人を見ると、結構みんな幸せそうなんですよね。
 でも、僕は結構辛いことが多くて、なぜかというと美術というところに世の中的に全く光が当たっていないからなんですよね。世界的にもニッチだし、業界的にも。
 
 それで制作時間には制作さえ楽しめれば楽しいのかもしれないけれど、僕は制作しているのは勿論嫌いではないんですが・・・。 僕はそれを通して何か世の中に発信できている実感があるとか、あるいは世の中に何かが伝わっているとか、大きく言うと世の中に役に立っているという実感がないとすごく焦燥感に駆られるというか、別にやらなくていいんじゃないかという気がしちゃうんですよね。」


日下
「はい、分かります。」


舩木大輔さん
「ええ。なので、最終的には僕の中でアートという世界や、あるいはアートマーケットというものとかが活性化していけば勿論嬉しいんですが、それは投機価値があると言ってみたり文化を大事にするってどうこうでしょと言ってみたりしても、それは別に作家側がやらなくてもいいというか。それは言葉でしか伝えられないし、まあそれは僕が言うことでもないので。 
 僕はそこまでは言わないけれど、僕ら以外のニッチな世界だったり、ちょっと社会的に弱い人がテーマになっているんだとは思うんですね。」






タイトル  「 先に進むためにまずは謝らせて頂きます。  」   
制作年 2012   
素材  スカルピーに油彩、パネル、ポリアクリルエマルジョン
サイズ 606×803×80(mm)


日下
「舩木さんのブログのタイトルが『美術家は実は企業家でした』と書いてありましたね。それも何か想いが重なっているのでしょうか。」


舩木大輔さん
「“キギョウ”の“キ”が起きるじゃなくて普通の企なんですが、だから、僕自身はもう世間が美術家というジャンル、芸術家みたいな人のことをどういう風に思っているか、客観的にはわからないんですけれども、僕が学生を卒業して活動している中で感じたのが、結局美術という業界みたいなものが、自分たちは特別な存在だという思いが強過ぎたのかどうか・・・・は判らないですが・・・・美術という業界自体が大きく考えると一つの企業体なんだと思うんですよね。

 どうやってお金が回るかというのをやはり考えなきゃいけないし、世の中にとって何で自分たちが大事で必用なのかというのをアピールして伝えていかなくちゃいけないし。そういう事をしてこなかったから、世の中の人たちは別に美術が無くても誰も困らない。美術・芸術というジャンルは存在した方が良いとみんな思うと思うんですけど。でもそれは、自分が特に何かをしなくても単純に世の中に漠然と美術というものが存在してた方がいいよねということであって、だからといって一人一人が美術に興味を持ったりというのはしないですよね。

 それは多分、はっきり言うとこっち側の怠慢なんだろうなと思うんです。だから僕は先ほどお話した通り、大きく言うと世の中を平和にしたくて活動しています。普段、自分たちが意識していないことをもう少し強く意識してもらうとか、作品を通してちょっと知らなかったことを知ってもらうようにとか。それを美術を通して知ることによって何か『ああ、そういう美術の表現の仕方があるのであれば、僕も応援しようかな』とか、そういう気持ちになってくれればいいな、というつもりです。
 だから僕は今はあんまり自分のことは作品には込めていないんですよね。」


日下
「なるほど。美術家ということが企業家だということ。」


舩木大輔さん
「そうです。美術というジャンルが一企業の企業体だということですね。
 だから一人一人の美術家は美術全体の企業の参加者で、もっと対世の中というのを考えなくてはいけないと思いますよね。」


日下
「そうですね。私自身にもズシッと響きますね、私自身にも。」


舩木大輔さん
「そうですね。それは僕自身もそう言いながら自分を戒めなきゃいけないといいますか、そうは理想では思ってるけど僕自身もどうすればいいのかは全然わかりませんが。」


日下
「そうですね。身の置き方と言うか難しいですよね。作家というのも本当に。
 私はそれほど作家としては代弁者というようなものではないかもしれませんが、そういう姿を見せる人が世の中にいるという、そいいう価値はありますよね。」


舩木大輔
「そうですよね。だから別に僕もどうすればいいのか分からないから、なかなか具体的には自分のしていることが正しいのかどうかも分からないし、いわゆる美術はこうあるべきだというのを啓蒙するほど何か確信めいたものがあるわけじゃないですけど。絵が描ける人がみな風刺漫画ばかり描けばいいかというと決してそういうわけではいないんですけど。

 まあただ、一つ、村上隆がルイ・ヴィトンとコラボしたのをあんなに叩かなくてもいいのかなとは思いますけどね。」


日下
「ええ。村上隆さんご自身も『芸術起業論』という本を書いていらっしゃいますものね。」


舩木大輔さん
「そうですね。村上さんのキギョウは起きる方だから。村上さんは多分、個としてすごく強いので、多分自分が立ちあげる方の起業として活動が行えるのだろうと思うんですけど。

 僕はちょっとそこまで一個人としてあまり確信めいたものも自分を強いと思う根拠もないので、なので立ち上がる方の起業じゃないんですよね。
 作家として存在しているというところはすごく認識していますが。とはいえ、自分というものにあまり執着する必要が無いのかなと。

 僕は以前にサラリーマン経験とかあるんですけど、末端に行けばいくほど歯車として動くしかないじゃないですか。だからそれに近いんですよね。」





タイトル ×(1945+X+Y) シリーズVol.2  若者奴隷世代ですが何か?
制作年 2010
素材  スカルピーに油彩、アルミ、革、その他
サイズ 220×160×130(mm)




日下
「舩木さんは、東北芸術工科大学のご出身でいらして、経歴の最初の頃には文化庁メディア芸術祭作品出品とありましたが、何かITなどの分野にいらしたのでしょうか。」


舩木大輔さん
「はい。メディア芸術祭は違う所からお話を頂いたんですけど、卒業をして一番最初に仕事をした時はWEBデザインをやったんです。WEBデザインをやったんですけれども会社はシステムの会社でした。なので当時はIT土方という言われ方をしていたんですけど、土方ってとってもキツイじゃないですか。

 IT系は一時期はSE(システムエンジニア)と言われてブランド価値もあって、お金も儲けて格好いいイメージがあったんですけど、今やシステムエンジニアの仕事ってあふれているので、もう本当に末端の方に行くと何も考えずに本当に土方のようにプログラムを一日14時間ぐらい組まなきゃいけないみたいな。ホワイトカラーというだけで全然労働環境は土方のようにキツイというのでよく『IT土方』と言われていたんです。」


日下
「そうですか。初めてお聴きしました。そういうご経験の中で、何か大変な事をご経験をされたということでしょうか。何かはわかりませんが。」


舩木大輔
「そうですね。僕が一番最初に経験した挫折というのは多分高校時代です。ただその後に僕は大学に6年間とか行っていて、その前に一年間浪人もしていて、何かそういう中で大分こう、何というのか、すごく自由で寛容的な社会ですよね、美術の世界って。それでそれはすごく心地が良かったんですよね。
 
 僕が一番最初に高校時代に挫折したというのは、僕は高校時代に他の人とすごく雰囲気が違っていて、全然周りの高校生が楽しめることを僕は楽しめないんですよね。
 分からないけど毎日つまらなくて、面白くなくて、それで大学に行ったらとても楽しかったんですよね。勿論ものを作ることも好きだし。好きなことを好きなだけやっていくと勝手に褒められていくというか。そう言った意味では最高な社会ですよね。
 
 でも逆にいうと、僕もそういった中で、少しづつ社会性を失っていっていたと思うんです。それで就職したら就職したで、自由とか言ってられない中で、でもそこがやっぱりリアルな社会だし、多くの人が身を置く環境ですよね、多分。
 
 でもそうは言っても、そこはちゃんと経済的にはまわってるし、実際のところ今、僕がやっているような仕事よりも全然必要とされている仕事なわけですよ。
 そういう感覚は少し、今の活動に戻ってきたときに、リンクしたかもしれないですね。あまりにも対極であり過ぎて。
 勿論楽しいですけど、全く社会から隔離された世界なので、そこは楽しいけどずっといても仕方ない世界だし。

 逆に結構今の世の中って、といっても僕はそこの企業しか勤めたことはないですが、すごく才能があったり、すごく何か特別な仕事ができる人でない限りは、末端の方では結構辛い感じの仕事の仕方をしているんだと思うんですよね。チームワークでとにかく時間だけが削られていって、自由というものがどんどん失せて、それでも昔みたいにお金になればいいけどお金にもならないから、本当に時間もないし、お金もないし、体も疲れるしみたいな。

 でもそれがすごくリアルな世の中だし、けれどもどちらもそのままじゃいけないなと思うんですよね。
 だからやっぱりせっかく生まれてきて、日本って楽しいこともいっぱいあるし、それなりに平和な世の中だし。 だけども、みんな身を粉にして働いていて、何が欲しいんだか分からないみたいな毎日になっちゃって、かたやフリーターとかしながら美術系の活動している人にしろ、僕にはすごく危機感が無いように見えてしまいます。すごく何かをしているようには見えないけれど、何か楽しそうで、あんまり世の中のことも考えてないような気もして。美術の事はすごく考えているんですけどね。

 美術の事はすごく考えているんですけど、それが全然世の中のこととリンクしているようには見えないので、それはすごく楽しいんだろうし、ある一部で評価されたり、仲間とかできたりするのだろうけど、それはいつまでも世の中に必要とされる感じにはなっていかないだろうなという風にも見えます。

 なので、そこをどうにかお互いの風穴を開けていくような事をしていかないと多分、普通に働いている人は、経済的にはどんどんこれから疲弊していくわけで、それは多分変えようがないので。 だからまぁ世の中は世の中で、何とか今までの経済水準を守ろうと思って必死に働くんであれば、それはもう昼と夜働くしかないみたいな。かたや美術側は美術側で経済が疲弊していけばどんどん食えなくなっていくわけだから、自分たちが置かれる立場ってどんどん狭くなっていくだろうし、そこはもっと風穴を開けて、世の中に対しては自由とかお金以外の価値とかを伝えていけばいいと思うんです。

 美術をやっている方って、本当にお金を使わないで楽しみますよね。」


日下
「そうですね。」


舩木大輔さん
「で美術をやっている方って、みんな月12万ぐらいの給料で、結構みな楽しそうじゃないですか。そういう感覚って、世の中の人はもうちょっと知った方がいいと思うし、逆に美術系の人はもうちょっとみんなの役に立つとか、そういうことを考えた方がいいですよね。」


日下
「そういうお話を聴いきながら思ったことなのですが、舩木さんの、このとても独特な作風、オリジナリティーの強い表現というのは、どういう風に確立されていったのでしょうか。
 ご自身で、とてもインパクトがあるように、考えていらっしゃるのか、自然にああいう風に手から出てくるのか。」


舩木大輔さん
「そこはでも、超意図的にそうしたかと言われるとそうでもなく、単純に僕がもともとB級のホラ―映画やナンセンスな感じのものとかが好きなんですよね。
 そういうことが、僕が意識しないところで働いているのかなと思うんですけど。 ただ、僕がすごく思っているのは僕、こういう作風なので・・・。

 中東で去年の秋ぐらいからデモが頻繁に起こって、いわゆる民主化革命みたいなものが起こっていましたよね。あれをツイッターでリアルタイムで注目していたんです。
 そうすると、現地の人たちも普通にスマートフォンとかを持っているので、今起きていることがリアルタイムでユーチューブとかを通して見れたりするんですよね。
 
 それで、一番最初の新鮮な情報って、映像ファイルにタグ付けもされていないので、その映像って何なのか説明もされずにただサムネイルみたいなのがポローンと出ているわけです。
 そして、どうやらそれは今、エジプトならエジプトで何か起きているかという映像だって事だけはわかるので、まあとりあえずクリックして見るじゃないですか。
 そうすると、最初は民衆のいざこざみたいな映像で始まるんですけど、パッと民衆の足元にカメラが移るとそこには黒こげになった人間が3人ぐらい死んでいるわけですよね。
 
 それは見せしめのために焼き殺された兵士3人だったらしいのですが、すごく気持ち悪いんです。なんか人間が黒焦げになっているって。骨になっていればいいけど、まだ骨にもなっていないからメチャメチャ気持ち悪いし、僕はそれが見たくて情報を得たかったわけでもないし、それが見たくてファイルをクリックしたわけでもないけれど、でも逆にその映像をみると、悲惨さとか、多分その兵士の知り合いかどうかわからないけど周りで泣き崩れている人とかをみると、ほんとにどういうひどいことが起きているのかってニュースとかで見るよりも全然伝わるんですよね。

 だからそういった意味で、僕がテーマにしているのも要は苦しんでいる人たちなので。 そういった負のイメージというのを、別に誇張するつもりもないし、誇張して伝えなくてはいけないとも思っていませんが、ただネガティブなイメージをネガティブなまま表現して、それを見た人が気分を害したり、ドキッとしたりするかも知れないけど、それが現実なんだよという風にしていかないと、見た人もその悲惨さ、それは戦争みたいな悲惨さではないけど、深刻さみたいなものが伝わらないかなとは思ってはいます。

 でもそれは後解釈かもしれないですね。そういう風にしたくって意図的にこうしたというわけではないので。」


日下
「ああ、そうですか~。」


舩木大輔さん
「だから展示発表に規制を受けたり、僕は周りの家族はみんな美術系じゃないので、作品に対していろいろ言われたりもしますが、だからとって平和的な感じに変えればいいとは思っていないです。」


日下
「そうですか、分かりました。」

(後編は、次回、来週木曜日にお届けいたします。)




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舩木大輔さんには、前回の高松和樹さんのリレーでご登場頂きました、

今回、初めて舩木大輔さんの制作への思いをお聴かせ頂きました。


『 社会的に弱い人とか、あるいはすごくニッチな世界とかをテーマにしつつ、アイロニカルな感じを取り入れたり、モチーフになっている子が笑顔だったりとか、見る人にも少し歩み寄りつつ、問題提起をしていきたい』という作家の言葉通り、とても社会的な問題意識のあるテーマで、見る人の心に強く残るオリジナリティーあふれる作品を作っていらっしゃると感じました。


皆さんもぜひ舩木大輔さんの作品をご覧になってみてはいかがでしょうか。

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※ 舩木大輔さんとそのブログの読者の皆様へ ※

 はじめまして。彫刻工房くさか 日下育子と申します。
 先般、私の公式ブログ「みんなの学び場美術館」(アメーバブログ)⇒ http://ameblo.jp/mnbb-art/ で舩木大輔さんのインタビュー記事を2/23掲載する予定でしたが、『この記事には一部、Amebaの健全なサイト運営にふさわしくない言葉・表現が含まれている可能性がある為アクセスすることができません。』とのことで、本当に残念ながら公開することができませんでした。

 その後、サイト運営基準に抵触すると思われる文言に修正、作品写真の割愛という形で、3/1前編、3/8後編を掲載することとなりました。
 このコメントを書いている時点は、まだ3/1公開時間前なので、修正版の記事が本当に掲載されるようにドキドキしながら願って書いてるところです。

 このような経緯になりましたが、アーティストを応援する趣旨で書いた記事全編を、舩木大輔さんのご厚意とご配慮によって、こちらのブログに掲載して頂けることになりましたことを心より感謝申し上げます。

 舩木さんは、作品を通して社会的な問題を表現していらっしゃるために、これまでにも発表を規制されたことがおありとのことです。
 私自身は規制そのものについて問うというよりは、この度の経験を通して、それはある意味 本質的なことを問う感性の鋭さ故のことなのかと感じております。
 この記事全編をお読み頂くことで、舩木大輔さんをより知って頂き応援することと同時に、読者の中に心の荷を下ろして、少しでも気持ちが軽くなって頂ける方がいらっしゃるのであれば幸いだとも思っております。

 舩木大輔さんも私も渾身のインタビューだったと思いますので、このようにお読み頂ける機会を頂けて、本当に嬉しく思っております。

ありがとうございました。


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◆ 舩木大輔さんのホームページ

  ⇒http://www.daisuke-is.me/ 


◆ 舩木大輔さんのブログ 美術家は実は企業家でした

  ⇒http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/d2011-11.html


◆ 舩木大輔さんが主宰するアトリエ
  アートスタジオ プチプぺ
  
  ⇒ http://www.petite-poupee.com/                   


◆ 舩木大輔さんの作品の取り扱いギャラリー ギャラリー アート コンポジション
  
  ⇒ http://www.galleryartcomposition.com/japanese/main.htm
  


◆ 舩木大輔さんが6月に参加するグループ展の会場ギャラリー。ギャラリーKINGYO
  
  ⇒ http://www.gallerykingyo.com/index.html



◆ 舩木大輔さんの月間プチプぺ通信で、私がとても感動したもの
    
 ⇒ http://www.petite-poupee.com/school/communication/2008/200808.html


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Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 11:54Comments(6)TrackBack(0)僕の作品の紹介で恐縮なカテゴリ

2011年11月01日

カジュアル・コミット




もっと気軽に自分以外の人や事象と関わろうというわけである。

今、世の中は政府側対反政府、リベラル対ネオリベラル、韓流対反韓流など、2曲対立が目立つ。
もっと言うと、2曲対立どころか、みんな個々が離れ離れになっている。

情報化社会の中で、日々多種多様な価値観や情報に囲まれ、その反動的に人は個人のアイデンティティを大切にし、または見付けようと必死になり、また殻に篭る様な場合もあるのだろう。

日本は3月11日、大変な震災に見舞われたが、震災後の初期段階において、市民の力が発揮された。
これは、阪神淡路大震災が震災直後から政府主導で行われたのと比べると、より小さい単位の力が強く働いた事が伺える。

阪神淡路大震災では3日後に決まった震災担当相が東日本大震災では3ヶ月以上後だったりと、政治の弱体化によって相対的に市民の力が増しているように見えるだけかも知れないが、少なくとも日本人は個人個人で考え、結論を出し、行動する事が求められるようになってきた。

これは、長く信じていた政治・経済・治安などの信頼が揺らいで、東日本大震災でトドメを受けて、信じるモノを失ってしまった事も原因の一つと考えられる。

このような、大きくまとまった状態から、より小さい単位へとバラバラになっていく現象は、日本以外でも起こってると想像できる。

それはユーロ解体論の浮上や、オバマ大統領の就任演説からも読み取れる。

演説序盤、今日ここに集まったのは団結する為だと言い、文化・言語・宗教の多様性を踏まえて、建国の父たちが法による支配や人権を確約する憲章を書き上げた事に触れ、建国の父たちの言葉を読んだ「将来の世界で語られるようにしよう。希望と美徳以外は何一つ生き残ることができない真冬の日に、共通の危機にひんした都市と地方はともにそれに立ち向かった」と。

これは、元々バラバラであった米国の成り立ち段階において、どうまとまって米国と言う1つの国家が出来たかを思い起こさせ、再び米国を一つにまとめようとする演説であった。


これは人間に限ったことではない。
文化や産業にも言える。

日本では、テレビにやたらめったらチューナーを搭載してみたり、シャープは液晶パネルを売っていれば良かったろうに、テレビの自社製造に拘り過ぎた結果競争力を失った。こういう傾向は電気自動車の開発に遅れを取るんじゃないかと心配だ。

芸術も同じ。
同じどころか、疲弊し過ぎて、全く注目もされていない。
今風に言うとオワコン(終わってるコンテンツ)である。


先日、スティーブジョブズが無くなった。
彼は多くの革新的なアイデアを洗練された形に具現化する事で、人々に全く新しい体験をもたらした。

しかし、彼は新しい技術を生み出した訳ではない。
既に合った技術を組み合わせて、その結果をよりよい形に落とし込んだだけである。


現代は、全く新しいジャンルを開拓するにも出尽くした感が否めないし、ある一つのジャンルに限って突き進むにはもう彫れる所も少なそうな時代ではないか。

そんな時代においては、いかに自分の立ち居地の外側にあるものとコミットし、互いの優位性を高め合い、また弱点を補うという事が人々に新しい体験をもたらし、新しいイノベーションとなっていくだろう。

日本は多用な価値観を認め、多用な文化を受け入れ、ハイコンテクスト社会からローコンテクスト社会、ハイコミュニケーション社会、ハイエデュケーション社会を目指すべきだ。


僕の作品はヴィジュアル面は日本のカルチャーを踏襲しながら、常に世の中の問題を扱っている。
ようするに世の中の過去と現在にコミットしている。

僕の中には芸術は新しいメディアになりうると言う想いがある。
人々に“気付き”をもたらすメディアである。

インターネットが出て来た時には、こんなにまでもコミュニケーションツールとなりうると確信していた人がどれ程いただろう。
ネットメディアが新聞・テレビメディアを凌駕する存在になると、どれ程の人が予想できたであろう。

同じように、芸術もメディアとなり、人々に“自分以外の存在(人・モノ・事象)”の気付きをもたらす事ができるのである。

その“気付き”がまさしくカジュアルコミットのきっかけとして作用する。


日本の中もみんな細分化されて分散して散り散りになってしまった。
オワコンなアートはアーティストが個々思いすらも自家発電し、益々疲弊しかねない。

作品の多様性は多いほど良いし、個性も様々な方が面白い。
しかし、アートは文化の最たるモノである。
過去と現在を結び、それによって現代の人々に気付きをもたらし、そして未来の国家、世の中を造っていくのであると言う理想を持つべきである。



そんな願いにも似た想いを込めて、危機感にも似た高揚の中で、ここに展覧会“カジュアルコミット”を実施したいと思う。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 22:25Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年09月08日

マイナーチェンジしました。




いやはや、皆様ご無沙汰しています。

実は、僕・・・・結婚してました。
違うんですよ?

この数ヶ月の間にしたのであって、黙っていたわけでは決してありません。

色々と難しい問題ももちろんあるんですが、やっぱり色々な事を変えて逝きたい、いや・・・生きたい、そして行きたい。。。

どうしても、こうも自分の道を曲げられずに続けていると結婚してない人も多くて、その中にはしたくないとかする必要が無いという人ばかりではなくて、先入観や世間の総意と言うか空気と言うか、雰囲気的に出来ないと思い込んでる人も多いんですが、そう言うのも変えて行きたいので、僕は出来るだけ貪欲に前に進みたかったんですね。

もちろん、好きな人が出来た事が大きいけれど。

そして新婚旅行に初海外、スイスを選んでみました。

何でスイスかっていうと、スイスのバーゼルと言う都市では、年に一度、アートバーゼルと言うアートフェア(見本市と言うか展示即売会かな)があるんです。

まだまだ道は遠いですが、最終的に目指したい場所であるところを観ない訳にはドコを目指してるのか自分でも理解出来ない訳ですから、当然と言えば当然で、きっとアーティスト活動をしてる人は一度は行った事がある??のかなぁとも思います。

ちなみに僕は超飛行機恐怖症なので、この機会に初海外となったわけです。

ハイ。
12時間掛けてロンドンへ。
4時間くらい時間を潰して・・・・・
2時間くらいでバーゼルへ。。。

ホテルがドイツの為2時間掛けてドイツ入り(電車)

夜の12時にホテル着

ハイ。

ダブルブッキング。

それから4時間後。
一泊7万円のホテルへチェックイン。

結局そこで4泊しました。

オイオイ。
チケット代より全然高いじゃないか。
まぁ、代理店持ちなので良いのですが。

しかし、バーゼルアートフェアは人も広さも凄かった!
作品も、高級感も、いる人間も様々だし。

そして日本人の姿はホトンど見かけませんでしたね。
多かったのは中国人。




ちなみに、ヨーロッパ人から見るとアジア人は一緒に見えるのか、街中で出会ったイタリア人(犬の散歩中で僕たちはその犬が可愛かったのでツイツイじっと眺めていたのだが)から「君たちは中国人だろ?中国人は犬を食べるんだよな!?」と言われました。

きっと「ねーねーあの犬食べたら美味しそうね♡」
なんて言いながら犬を見てると思ったんでしょうね。

もちろん否定しておきました。
「日本人は犬は食べませんよ。」
「そうか!だったら俺は日本人をリスペクトするーっ!!」

1つ小さな誤解を解いて来ました。

肝心のアートバーゼルですが、アジアとは全く異なった作品が多かったですね。
テクニカルと言うよりダイナミック。

と言えばザックリとしてますが、もちろんテクニックはあるんですが、テクニックと言うより“巧さ”って言った方がニュアンスが伝わるかな。




アジアのアートフェアを見ると、もっと緻密と言う方向にテクニカルなモノが多くて、オシャレなものも多いのですが、ちょっとそう言うのとは違った作品郡が多かったですね。

ローブローアートが来てるとか、マークライデン(マイケルジャクソンのデンジャラスのジャケットを描いてます)の作品が最近超高額取引されてると言う話は聴くのですが、確かにマークライデンの作品はあったけど、まぁそれは肌で感じられるものでは無かったですね。

世界のマーケット事情とか、その流れなんかは、まだ勉強不足なところが否めないので、ちょっと色々言う事は出来ないのですが、個人的には愛国心と言うのに近い、自国の愛文化心のようなものを感じましたね。

イギリスやアメリカが現代美術は牽引していますが、美術に限らずショービズの世界や映画などでも、アメリカって凄いですよね。
やはり勝戦国って敗戦国の先を行くし、戦争のその後を造って行くのは勝戦国なのかなぁ・・・。

そして、戦後の世界の文化を牽引して来た彼らは、やはりそれを守りたいんじゃないか・・そんな感じさえしましたね。

まぁ、KARAは大人気だけど、気に入らない人も多いわけで、それとまぁ≒な感じで、特に美術作品が資産だと言う考え方があったり、愛国(愛文化)心が強ければ、外国からやって来た自国には無い価値観と感覚で造られた作品を、いきなりWelcomはしないのかぁ~??

そこで必要なのがルールだったり言論だったりするのかも知れません。

KARAは何だかんだ言っても日本語で歌ってますし、狙ったかどうかは知りませんけど、モー娘。やAKB48を踏襲してる・・・かどうかも判りませんが、結果から見ると踏襲しているように見えるから、日本でコレだけ受け入れられてると考えられなくも無いですし。

実際、僕・・・BoAちゃん好きでしたが、韓国語で歌う彼女の作品は何一つ知りません。
他国で成功すると言うか、受け入れられるって言うのはそう言う事なのかも知れません。

そう言えば、僕も今年の始めのデパートでのグループ展示の際に顧客クレームよって会期満了せず途中強制終了と言う事態を経験しましたね。
それは結局、百貨店のルールから逸脱していたから排除された。と言う事でしょう。

イヤ、僕たち作家は担当者の許可の下、作品を展示したので、作家がルールを逸脱したと言うよりは、百貨店が新しいレギュレーションを提示したら、それまでのファンがそのレギュレーションを許さなかったという事でしょうね。

まぁ、F-1何かだと結構ありますよね?ファンの意見に耳を傾けつつ、レギュレーションを変更して行く事って。

まぁでもね。
フルモデルチェンジして、それまでの流れをガラッと変えるのって日本人は苦手ですよね。

まぁ、苦手な気がします。

革命とか無いしね。

いや・・・・あのね、最近まとまった時間が無いから、数日掛けてBolgを書くのだけど、そうすると長くなる割には支離滅裂なのですよ。

と言う訳で・・・・

とりあえず、結婚報告でした。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 12:41Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年05月26日

相手の負傷でノーコンテスト


この震災の影響は東日本だけでしょうか?え??日本全体?それとも世界中??
とりあえず僕の中では一大事件ですが、ボランティアに行くでもなく、今日もここ千葉県の片田舎、八千代アトリエステーションより全国小規模ネットでお送りします。朝まで生テレピン。


ネオリベを推進するような強さに憧れを抱きつつ、西側の社会民主主義的な安心の中で制作活動に専念したいとか思ったりもしつつ、作品を通して社会の闇の部分をもっと広く意識して欲しいと思ってるんですね。

例えば自殺とか虐めとか、ニートとか引き篭もりとか、格差とか孤独死、無縁社会・・・それって結構大問題だと思うんですよ。

でも、そうじゃない人の方が多いせいか、或いは既存メディアや言葉の力が弱まったせいか、イマイチ議論も盛り上がらないし、人々の個々の問題としては大きな割合を占めない。
でも、そんな他人事で居ると、気が付いたら自分がその淵に居て、這い上がれないし、手も差し伸べられない・・・そんな社会だとも思うのよね。

そんな社会に疑問があって、少々暴力的だったり卑猥だったりな表現も用いつつ、しかしユーモアも交えながら、メディアが変われば伝わり方も変わるんじゃないかと、制作・発表してる訳です。


社会と言う総体は、とても大きく強いものだと漠然と思っていた訳ですが、今回の震災で、社会がとても弱ってしまった。そして、日本政府や政治って言うのは実は弱かったんじゃないかと思う事が次々と、今まで以上に露呈してしまった。

それって僕にしてみたら、対戦相手が不慮のバッティング・・・と言うか事故によって、その対戦そのモノがノーコンテストになったような空虚感がある。

ある程度、人の心に余裕があったり、経済的にも余裕があったりして、価値観や重要性、優位性を認識して貰えれば、アートの立ち居地も変わる可能性はある訳だけど、この未曾有の状態に、もしかしたら日本は文化的な事を今まで以上に確保して行けない・・・それどころか全く文化的な事を意識する余裕が無い社会になったのかも知れないとも思う。

気分的には社会に怒りを持っていて、その怒りをどうぶつけるかって言う想いだった訳だけど、もう怒る対象じゃないのかも知れない。
むしろ慰めると言うか、一緒に頑張ろ~ぜ的な・・・。


具体的には、エロ規制問題とかはホントに小さな問題になってしまったし、それはもちろん僕の中でもそう。
今時期に、エロ規制がどうのこうの言ってる事は、非常にのん気に見えてしまう僕が居るという事。

同じように日本美術界の事なんて、ホント社会にとってはチッポケになったと思う。

まぁ、それでも復興の中期段階なんかで、アートが提案できる事とか、文化的なモノが人々の心に必用とされる可能性は信じてるけどね。

そうそう。誰かが言ってたけど、文化的なモノってそれだけでは経済的・物質的に裕福になるわけでも無いけど、何か少しは生活が豊かになったりする・・・そんな可能性はあるし、そのマーケティングは可能性の1つかも知れないとも思ってるけど・・・。


けどねぇ・・・。

今までと同じで良い訳が無いと思ってるんです。

それが何なのかでとても悩んでいるんですよ。

今までの作品は、今までの状況において間違ってなかったと思う。
アートに普遍的な価値が必用とは思ってないし、その時代に即していればその時代には必用な行為・作品だったと思うし、そうあれば歴史と同じように、その作品にも必然性が生まれる。僕はその必然性と言う価値を普遍的な価値と言い換えたい。

だから、世の中、特に自分が属するコミュニティがこれだけ変わってしまったら、僕のスタンスもそれなりに変わる必用があると思ってるんですね。



まぁ、悩んでも結局変わらないかも知れない。
僕は変わったつもりでも、作品は変わらないかも知れない。
単にコミュニティを変える事で、現状を脱するかも知れない。

どうなってどうする事が望ましいのか、それも上手く説明できないけど、1つ思う事がある。

多くの人が今回の震災以降の状況を、第二の敗戦・再びの被爆国と言う言い方をする。
確かにそう思う。

だからこそ、そんな国からこんな素敵な文化・或いは文化的なモノが生まれました!

って、他文化や他分野に言わせたいし、言われるような活動・作品を心掛けます。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 19:00Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年05月23日

禁忌の境界展に参加しました。




雨が降らなければ、雨雨降れ降れと歌い踊り、山が噴火したと言えば生贄お供えして歌い踊り、収穫したと言えば、収穫祭と歌い踊り・・・・人間やはり歌い踊らなければと思いつつ、この時代に即した歌と踊りって何なんだろうと考え込んでしまってる僕、舩木大輔が、今日久し振りにここ、千葉県の片田舎・・・・八千代のアトリエステーションより全国小規模ネットでお送りします朝まで生テレピン。

原発の政府対応の後手後手振りが日に日に明らかになって、しかも何ですか?誰が海水注入を止めたのか判らないとか、誰かが何かを言った言わないとか、そんなどうしようもない状況にガッカリしつつ、おいおい、ガンマ線しか計ってないのかよ・・・・と、人生の外れクジが明らかに1つ増えたのだろうと、これまたガッカリしてる中、そう言えば先月に「禁忌の境界展」に参加したんだったと・・・思い出したと言うか、そう言う事を振り返る余裕と諦めが生まれました。

正直、時期的にそれどころでは無かったと言うのが感想で、あまり当時から色々考えられてなかったし、今思い出しても鮮明に思い出せません。

でも、せっかくなので自分用のアーカイブとして、思い出して残しておこうと思います。

そもそも、1月の渋谷西武で行われていた展示が、顧客クレームにより途中強制終了すると言う、まぁ無くは無いけど、そんなに起きない出来事と、中野ブロードウェイで行われた“ギャラリー展示のR18表現を考える”と言うテーマを掲げた展示において、主催者側から事前撤去を受けた作品があった事を受けて、言わば規制作家を対象に組まれた展示。(確か最終的には撤去にはならず、展示方法を変えて展示されたハズ。)

構想は渋谷西武での展示が強制終了した直後にあって、その段階からお誘いは受けていたのだけど、返事をしたのはギリギリ。

心配事は2つ。

1つは、規制された側が「これのドコが問題なのよー!!!」って開き直り展みたいになる可能性。元々サブカルチャーを支えてる層にあまり良い印象を抱いていなく、それは客観性が足りない事と、サブである事の自意識を持っていないから。

もう1つは、見る側が犯人探しのような目で個々の作品を見る可能性。

何だかあまり気が進まなかった・・・・と言うのもあった。

それでも参加したのは、渋谷西武の強制終了を受けて、美術家の特にキャリアを積んでる作家側が、妙に冷静だった事。
それと、作品が世の中に流れれば流れるほど、その管理は難しくなって、ドコでいつ、自分の作品が人目に晒されていると言う事を把握するのは難しくなるハズだから、あまり深くは考えないようにしよう。声を掛けてもらえた事を最大限前向きに捉えようとした為。

もちろん世の中にはルールがあって、そのルールの中で動いてる。
そしてルールに反したら退散させられる訳だけど、ルールが全て正しいとも限らない。

デパートは元々新しいモノを提案する場所ではなくて、世界中の高級品が揃ってる場所。既に価値付けされた世界中の珍しいものが揃ってる場所だから、そこで美術品とは言え、新しい事をやるには無理があったと言う理屈は良く判る。展示していた作家の作品が、デパートに展示される程“高級”である根拠も曖昧だったかも知れない。

まぁ、その辺は直後にここに書いたかも
http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/e81149.html

美術家は新しい提案を、作品を通して社会に投げ掛けるべきと思ってる。
それは作品と言うビジュアル面だけじゃなくて、社会システムや価値観も含めて。

例えば国会議員が東北に寄付をする事は出来ないけど、こんなのはルールの方がオカシイ。
暫定的にでも変えて、寄付したい議員は寄付できるように、内側から声が上がっても良さそうだけど、内外ともにあまり声が上がらないのは、日本人ってルール至上主義なのかと思う。

で・・・・・まぁ僕もここで黙り込むと、おかしなルールを受容する事になる。それはシャクだし、不本意だった。
そして、この展覧会中に、トークイベントがあって、そこで「僕たちはエロくな~い!!」と言う話ではなく、閉塞感に溢れて寛容性が無い社会に、どうやって新しい提案をしていくべきか・・・と言う話でも出来れば、僕も参加した意味を見い出せそうだとも思った。

しかし、そのトークショーは残念な感じだった。

やっぱりこう書いてても、あんまり何も出てこないのは、僕の震災による影響かも知れない。

ただ、幾つか発見した事もある。

それはサブカル支持者の数って結構居るのかも知れない事。
展示されたギャラリーは、サブカルに強いギャラリーと言う事もあって、客層を見ているとちょっと僕が普段接する感じじゃない人々が多かった。

ギャラリーは通常入場料を取らないけど、ここは入場料を取ってもそれなりに人が来るし、展示造りも僕が望むそれとは全然違う形だったけど、見た人のツイッターやBlogを見ると、その展示方法でこそ、楽しめる人も居るようだった。

これは結束力なのか、ある種にだけ強力に働く求心力なのか判らないけど、明らかにコミュニティーが成り立ってる。
このコミュニティーに経済が潤うシステムが構築されたり、ベーシックインカムのような社会システムであれば、ホントにサブでは無くなるかも知れない・・・そんな脅威を感じた。

そして、僕はこの展示を振り返るよりも前に、今回の震災について納得する思考をしないとイケナイ。

とりあえずこの次のBlogでは震災と作品、そして活動について書く事になると思ったりicon16  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 17:36Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年04月03日

よりよい未来の為に考えた事

指一本で何かが変わり始めるかもねぇ~。
今日はしんみりと・・・・僕舩木大輔がココ、千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより全国小規模ネットでお送りします朝まで生テレピン。

地震、凄かったです。
揺られながら「地震で死ぬってこういう事かぁ~」など考えてました。

人生最大の揺れでした@千葉県八千代市震度6

大切な人があまりにも少ない僕は、安否確認は数時間の内に済んで、その後は押し寄せる津波の映像を「凄いスゴ~~イっ!」って観てました。

そうです。
そこに人の営みがあったなんて、その時は想像も出来てませんでした。

夜になって気仙沼の大火災を観ました。
気仙沼には同級生が居ました。
その後仙台市内の様子も見る事になりました。

そこにはさっき安否確認した友人が居るハズです。
再度確認すると「携帯電源無い。 ライフライン断絶。 道路バキバキ」
心配になりました。

翌日
ガレキの町で1人たたずみ、微動だにせず涙を流す女性を観て、全身が硬直し、背筋が冷え、酷い頭痛に襲われて初めて、ココではないどこかの日常で起こった大惨事だと言う事を確認しました。

ホントに遅い。

その後、福島の原発問題が流れました。
風向きの話題が出ました。

風は海に抜けてました。
ホッとしました。

翌日の予報では、風は北に吹くとの事。
やっぱりホッとしました。

北には被災した人々が、ライフラインも無いまま、家も家族も無いまま、プライベートも無い生活をしています。
それでもホッとしました。

それでも、家族を守れなかったと肩を落として男泣きをする人を見て、何と気の毒だと涙が出ました。
山形時代に良く呑んだ“男山”の男山本店での被災しながらの酒造活動にも涙が出ました。

それでも、風向きが北向きだとホッとします。

ホントに自分は腐ってます。
何の価値があって、生に執着してるのか・・・・検討も付きません。


その後、何が出来るか考えました。
それぞれの立場で、それぞれが出来る事を始めてる様子は、僕にも伝わってきました。

文化系界隈でも動きがありました。
アート界隈でも動きがありました。

これまであまり社会と接点が無かったアーティストも、ここぞとばかりに動く様は滑稽でした。
もちろん、社会と接点を持ってきたアーティストもそれぞれのスタンスで行動していたようです。

この頃から“チャリティー”と言う言葉を良く耳にするようになりました。

チャリティーと言う行為が付加価値になってるモノもありそうで、チャリティーと言うのは復興の初期動作を引き起こす格好のモノのように見えました。

僕は、まだ社会的な評価をさほど受けていないアーティストです。
僕にとって、チャリティーと言う言葉は付加価値になる恐れがあります。

だから、そう言った事は謳いません。
チャリティーと言う付加価値によって、本来以上に金銭を得るような事は、少なくても作品ではしたくない。

もちろん、真の意味でチャリティーを行える人も居ます。

イヤ、真偽なんて関係なくて、被災地や被災者にとってはお金は重要になるハズなので、何でも良いからお金を集めて義援金として送ると言うのは、同じ価値を持つのかも知れません。


でも、僕は作品を造る事しかできません。
今までも、その事を通して社会と関りを持とうとしてきました。

なかなか接点を見付けにくい活動なので、労力の割には繋がれないのですが・・・・。


こういう時に、何かできる人間は、強く、カッコイイと思います。
しかし、何も出来ないという事を認め、ただ祈り、その惨めさに耐えながら、あすなろ・・・明日なろう、と、これからの前進を誓う事も強さかと思い、結局何も出来ないで居ます。

した事と言えば、小額の寄付のみ。
子どもなら1回のお年玉で貯まる子も居るだろうな・・・・と言う程度の。

震災があろうがありまいが、アートが今の日本で出来る事はあまりにも小さいです。
僕は正直終ってるジャンルだと思います。

でも、僕は可能性はあると思っています。
アートにも、日本にも、まだまだ可能性はあると思ってます。

日本と共に、アートも復興するように、今アートで何かをしようと背伸びをするよりも、将来ちゃんと日本にアートが根付くように活動したい。

個人的にはそんなふうに思います。


僕は、メディアが変われば、伝わり方も、受け取り方の感度も変わると思って、作品を制作し、発表しています。

どうかみなさんも、日本の将来、未来の為に、それぞれの考えを、可能な限りにメディアに乗せて発信して下さい。
そして、高感度で受信した情報を、自分の方法で再発信、リツイートしてください。

それが、多様性を生み、多様性を容認させ、よりよい世界へと導くのだと、僕は信じています。
  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 02:14Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年02月05日

変われませんでした。




はい。うなじが痛い僕です。

うなじじゃないか、後頭部?と言うか、ここは自律神経ですね。
夜は寝ないし、寒いし、寒いから超防寒してて肩凝るわで、自律神経含む延髄周辺の神経やら筋が痛い僕、舩木大輔が、今日もココ、千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより全国小規模ネットでお送りします朝まで生テレピン。

はい。テレビじゃないのであしからず。
テレピンが朝まで生なんですね。

そう。
日々が徹夜と言うか、毎日中夜が@ランダム。

そうやって、徹夜なんて努力の内に入らないとは言え、まぁ身体には鞭打って制作してる作品が、前回のBlogの通りに西武百貨店渋谷店の美術ギャラリーで展示されていま#$%!”)。

シブカルチャー(渋谷カルチャー)デパート de サブカル(デパートでサブカル)
と言う展示。

会期は今月6日まで!皆さんお出掛けあそばせ~~~おほほ。

なんて言えなくなりました。

諸事情により自粛です。自主規制・・・・??
そりゃ語尾もハッキリ言えません。

NHKのニュースや産経ニュース(両方ともたぶんネット版)にも載ったようなので、知ってる方は多いかもしれませんね。
まぁ、ここで色んな問題が浮き彫りになった訳です。
ツイッターされてる方は #shibu_c をご覧になると、何があったかは判りませんが、どうなってるのかは判るかも。。。。。


個人的に「誰が何を言ってて、彼はこう言ってて、だからどうなんだ~~」みたいな話はしたくないんですね。
問題はそんなに小さな話では全然無いわけですし。


凄く客観的に観れば、百貨店の顧客傾向的に、かなりチャレンジングな展示だった事はみんなの共通認識だと思います。
だらか、こういう事も想定できなくは無い。


どう考えても縮小していくであろう百貨店が、今までの価値観とは違うものを提示した。
でもそれは、それまでの顧客には合わなかった。或いは美術ギャラリーも含めて百貨店は公的な場所であり、公的な場に相応しくない内容の展示であるとの指摘を受けた。

美術ギャラリーとしてではなく、百貨店としてその指摘を受け入れ、その結果途中終了。

客観的に観たらこうなったのは理解出来なくも無い。
そして途中で終了したとは言え、こんなチャレンジングな企画を立てて実行した渋谷西武に敬意を払いたい。

だから
誰がクレームをして来たのか。
クレームに対するクレームはどうなのか。
企画を立てて作家を招集した以上貫くべき。
誰の作品が問題だったのだ。
入場者への導線、入場前説明問題。
リスクマネジメントはどうだったか。

みたいな事は、それぞれがググッたり、ツイッター見たり、エゴサーチして、自己批判の場を得ればいい。

問題はもっと根深い。
経済的にも衰退し、日本が得意だった高品質なものはどこでも造れる。

チューナー積みまくったテレビとか、どんだけ凄くてもジャラパゴスでしょ。

AppleとかGoogle、そうじゃなかったらスペースXみたいに、新しい価値観や体験を提供できるような人間が増え、企業が増えないと、日本はホントに下請け国家になりそうだよ。

まぁ、下請け国家でもみんな幸せなら良いんだけど、高度経済成長世代、バブル体験世代も居るし、そのJr.なんてそれ以上に贅沢に育ってるから、「下請け国家で貧しくて、日本の米を中国に売って、多くの日本人は中国の米食ってるけど、家族みんないつも一緒にいられて幸せだね。」とはならないですよね。

たぶん。

まぁ極論だけど。

もちろん、百貨店で現代美術やサブカルを取り扱った展示が会期をまっとうしたからと言って、日本が劇的に変わるなんて思わないけど、そんなニッチで多くの日本人が興味の薄い分野だからこそ、そのキッカケを探るチャンスだったんだと思うわけですよ。

だけど、結論は前述どおり。


結局、今までの価値観とは合わないモノが入って来る事を許さない人(たち)が居た。
数件のクレームに対して、それを突っぱねる事は、やはりデパートでは出来なかった。
(クレームが数件だった事は産経ニュースにも掲載 http://sankei.jp.msn.com/life/news/110202/art11020223290006-n1.htm
価値観や危機意識に変化が無い事が露呈された。

ただ、何度も言うけど、僕は理想論としてユビキタス社会のように、ドコに居ても、誰でも、誰とでも繋がる事ができて、誰でも自由に自分から情報を発信できる社会は素晴らしいと思ってる。

そして、情報を受け取る一人ひとりが、その情報を自分の物差しで判断できる力が育つと良い。

でも、今は違う。
今は棲み分けが必用で、或いは伝え方の方法論を考えたりしないといけない。


そして、“変わってないな”と思わせる事がもう1つ。

ホントの事が何なのか判らない以上、僕が何を聞いたかは別として、この産経ニュースを含めメディアに出てる中止理由は、僕が受けた説明とは異なる。

そこに来てこのネット社会。

「何で!?オカシイ!!」と思うのは当然で、そう思った関係者がポロっとツイートする事で、「何だそりゃ!?オカシイー!おかしい~!!」となる。

そして、変な憶測までも飛び交う。

内部で見聞きした事をツイートしたりBlogに書くことを“ちくり”と言う人も居るけれど、多くの参加作家は真実が知りたいだけなんだと思う。

そして、“ちくり”かも知れないツイートは、その真実を導き出すために、みんなヒントを出し合ってると言う事なんだろう。
もちろん、僕も真実が知りたい。

当事者だったら当然でしょ?


結局オープンにしないと、混乱は避けられないし、何も信用できなくなる。
これは日本の孤独社会?とか無縁社会の原因の1つかもしれない。

まぁ、この憶測が憶測を呼んで「オープンにしとけば良かった」と言う事にでもならないと変わらないのかな。

あと、個人的には不謹慎だけどあと20年くらいして、代謝が促進されたら、少し変わるとは思うんだけどな。icon16  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 16:59Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2011年01月24日

サブカルチャー由来




いやいや。ちょっとボーッとしようと思って、目を閉じたんですが、開けたら明けちゃいました2011年。

もう1月も下旬になってお初な有り様ですが、今日も不健康にお送りしていきましょう朝まで生テレピン。
もちろんお送りするスタジオはここ。

千葉県八千代市の片田舎にあるアトリエステーションより、今日もビッグに全国小規模ネット配信です。

何でブログがこんなに久し振りかって、年末年始と体調を著しく壊しました。

3時間とか4時間とかの睡眠を数年間も続けるモンじゃないですね。
と言うか、ココに来て今までの無理が祟ってるんじゃないかって位に、何だか体がシャキッっとしません。

メガシャキを飲んでも、シャキッっとするのは目だけなので、用法、効能よくお読みになってお間違いなきよう。

え~っと・・・・いきなり本題から入るのも、久し振りにBLOGを読んでくれる皆様・・・皆様って言うほど居ないのは承知ですが・・・まぁ・・誰かに失礼かと、前置きを無理クリ書いて見ましたが、面白い方向に持って行け無そうなので、この辺で本題へ激突。

実は1月25日から、西武渋谷店にて行われる展示即売に参加します。
SHIBU Culture ~デパート de サブカル~

もちろん北島三郎先生を扱ったカルチャーではありません。。

閑話休題・・・・
デパートってメインストリームしか取り扱わない傾向になるので、デパートでサブなカルチャーの展示が美術品として画廊で行われるってのは興味深い。

ご縁があって参加する訳ですが、僕が気にしたのは他でもない“サブカル”だからですね。

僕は自分の作品がサブカル的文脈の上にあるものと見られる事を承知の上で、敢えて僕の作品はサブカルじゃないと言い続けているので・・・・。

ただ、サブカル由来である事は否定はしなくて、現状では現代美術もメインストリームとは言いがたい所を走ってるので、まぁ結局はサブ的なカルチャーに従事してるのかも知れない訳だから、解釈次第ではサブカルを受け入れる事が出来たと言う訳です。

まぁ、もしかしたら、僕がサブカルと言う言葉に敏感になってしまったのには理由があって、それは年末に話題を振り撒いた都条例、非実在青少年問題に対する、サブカルを支持する側の対応かも。

サブカルって、クールジャパンとか政府までも言い出して、マンガの殿堂(実はもっとお堅い名前がついてたハズ)とかもやろうとか言い出して、無くなったら民間が秋葉に秋葉案内所を出して、秋葉に来た外国人観光客に案内サービスを始めたりとかして、実質サブカルのままカルチャーのメインストリームになり掛けてたと思うんですよね。

マンガはみんな読むし、宮崎アニメはアカデミーにノミネートされたら、国民的に盛り上がるし。男の子はギターを手にするよりも多くの子がゲームコントローラーを手にしてるよな。

もう、日本の文化の一部・・・・それは一過性のガングロギャルとかヤマンバギャルとかよりも、全然時間的重積を経た文化だったと思うんだよな。

まぁ、何でもそうだけど、特に芸能系以外の文化って、日本ではあんまりお金と結び付けて考えられて来なかったから、アニメとかも目立って、みんなが目にしてるのは一部で、その下には累々と屍が堆積してる訳で、案外コミケとかワンフェスとか、エロ漫画とかエロゲームがこの手の文化を経済的に支えてる部分もある。

この部分の人たちって、どうにかすると下町の町工場の頑固親父みたいみたいなもので、変化とか恐れるのかな・・・。

結論から言うと僕は都条例には反対だし、原理主義的で理想論だけど、どんなものでも自由で、情報発信をドコからでも誰にでも行えて・・・・一昔で言うユビキタスってのを大歓迎で、どの情報を自分のものとして受け取るか、或いは情報からどうやって身を守るかって言う力を個々が持てるのが良いと思ってる。

でも、いきなりそうはならないよな。

ある情報が意図せず入手できた場合、気分を悪くする人、その情報を正確に解釈できない人はどうしても出てくる。

今回の都条例の改正は、そう言う人たちとどう折り合いを付けて共生して行くかって話だと思うんだよな。

で。
僕の目にはサブカルを支えてる多くのオタクたちは、「自分たちの領域をメインカルチャーに乗せる必要は無い代わりに、今までのように自由で居たい。」って言ってるように見えたんですね。

これでは、クールジャパンとか言って海外に持って行く前に、国内で自爆テロよろしく、議論も勢いもチリジリになっちゃいそうだな。

まぁ・・・・ポップになるとどうしてもビジネスと結び付いてきてしまって、弊害も多くなる。

この前、長野智子さんが「売れる饅頭だけマーケットに並べとけば良いと言う仕事じゃない。」と、ジャーナリズムに対して苦言を呈してたけど、それは僕の仕事のスタンスを、とても上手く表現してくれてる一言なのよ。

サブカルやアートが大衆化し過ぎて、売れる物だけが残るようでも、それは本末転倒的な感じはする訳だけど、サブカルもアートも社会の中ではニッチ過ぎて多様性が無いのは致命的で、広がりが期待できないじゃん。

だから、僕は今は、サブカルもアートも僕の作品も、人に見せて、議論して、共生の道を探りつつ、多様性と共闘者を増やすべきと思ってんだよな。


とりあえず疲れた。
相変わらず文才無く尻切れな感じで申し訳ないけど・・・・・


寝よ。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 02:29Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2010年12月18日

ホントにご無沙汰ですみません。



いやぁ~~~もうすっかりご無沙汰です。
そんなに訪問者も居なかったので、あまり迷惑はお掛けしていないかと思いますが、あまり誰も見ないのも寂しいので、観て頂けた方!ホントにありがとうございます!!

そして、月一の朝生以上に久し振りに今日も始まります。
朝まで生テレピン。
久し振りですが、千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションからお届けする事は残念ながら変わりません。

前回は10月頭の更新でしたか。
そう言えばあの頃は10月なのに暑かった!!

そして、その一ヵ月後、表参道のスパイラルビルで行われたURLTA003と言うアートフェアに出品していたので、忙しかった訳です。

アトリエに籠り過ぎてペレリマンみたいになっちゃった訳でも、ましてリア充過ぎて毎晩ニャンニャンしてた何て言う夢のような事もございません。

ちゃんと仕事してました~~。え?赤字でも仕事は仕事ですってば!!

その後は風邪を引いたり、新作を造ったり、WEBサイトを製作したり、それなりに忙しかった訳です。

しかし、日本には何でアートが根付かないかって、税制だったり、自国の文化を育てる習慣だったりとか、足りないものばかりなんですが、ブーブー言ってても始まらないので、僕が住んでる八千代市じゃない市議にあってお話をしてきました。

やっぱり知らないんですね。
海外でアート作品が流通してるのは、インフラが整備されてるという事もあるんです。

美術品は税金控除とか、そうそう、アメリカなんかは財団への寄付も控除ですよね??

そうやって、綺麗事ではない、育てる側にも得をするシステムが構築されてます。

そして、日本は美術館の観客動員数は世界一くらいの勢いなんですが、見に行くのは歴史的に価値が証明された作品だけですよね。ゴッホとかマジ凄かった。ヨン様ですか~~。。。

美術館って、その国の過去と現在の文化を見に来るところなのに、日本の文化を観たい観光客は秋葉に行くんですね。

でも、秋葉ってサブカルチャーだから、血と汗の結晶的なところがあって、卑下されたりしつつここまで持って来たオタクたちの功績無視して、政府がクールジャパンだ~~サブカルだ~~と言うと反発される訳です。

まぁ、サブカルはサブなカルチャーだからサブカルなんだから、メインストリームにはならないと言うのがオタクたちの主張のようにも最近は聴こえるけど・・・。

スイスはアートバーゼルって最大級のアートフェアがあって、500億とか動きます。
だから観光局とかも力を入れてるし、もちろん国ぐるみ。

観光資源でもあるわけですよ。
文化ってのは。




↑ULTRA003のオープニングレビュー風景

まぁ何が言いたいか判りませんが、そう言えば芸術作品は金融商品としても有力で、株のように紙切れになる事もないし、先物みたいに権利を所有し続けるのにお金を払う事も無いし・・・・

何と言ってもですね。

何と言ってもですよ??

僕の作品も一昨年の春から計算すると6倍です!!!!

これから先、多分まだ若手なので下がらないでしょう。
と言うか下がらないようにしますしね。

今が一番安いわけです。

どうです??みなさん。

ぐふふ。

あ。

人間の汚い部分が出てしまい失礼しました!

  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 15:17Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2010年10月04日

検索キーワードにお答します。





あまりにもネタが無いが為に、今日から新コーナーが設立されたと言う事で、多くのリスナーから沢山のお葉書を頂く中、今日も始まりました朝まで生テレピン。

もちろん変わらず千葉の片田舎、八千代アトリエステーションより、全国小規模ネットで配信してまいります。


今日から始まる新コーナー!!
アンサー ザ キーワード!!

検索キーワードに僕舩木が勝手にお答えします新コーナー!♪

これも、検索してこのBLOGが引っ掛かったのが運の尽きだと諦めてくださいね。

それでは!!
当BLOG検索数上位1位から順にお答えしましょう~~。

1:デザインフェスタ→プロ・アマ問わずデザイナーのイベント。場所はビッグサイトで年2回

2:舩木 大輔→僕です。

3:トゥイッタ→140字で呟くミニブログ。日本語だと結構な事が言えます。

4:何をして生きるか→ご自身でお考え下さい。僕はアーティストとして生きますね。

5:芸術と社会の関係→ホントに難しいです。村上隆さんの話や、資本論、倫理、共産、ルールなどを考えると、なかなか答えは出ません。

6:舩木大輔→僕ですってば

7:イージートーン ゴールデン→ゴールデンは知りませんが、イージートーンはダイエットシューズで僕も愛用してます。

8:ジークレー 価値→かなり高いんじゃない?でも大判デジタル印刷は結構安くできます。

9:若者が高齢者を支える数 →どうでしたっけ?今は2人で1人でしたっけ?でも、この若者って中学卒業者数じゃなかったっけ??

10:個展 買い方→確かに判りにくいですよね。その辺に人が居たら、「これおいくら?」とか聞いて下さい。

11:画廊 売約 赤シール →その通りです。キャプションなど、作品の側に赤いシールがあったら、それは売約ってことです。

12:鉄 蝋付け 何故 接合 →知りません。でも、溶接では無いから強度は弱いのかな?

13:アーティスト 死ぬしかない→はい。そういう事になる可能性は大です。セーフティーネットを張っておきましょう。

14:アートコンポジションギャラリー月島→僕が所属させてもらってるギャラリーです。新しいアートのあり方を模索していて、これから僕も楽しみです。僕も一員として力になれるように頑張ってます。ちなみに正式には、ギャラリーアートコンポジション です。

15:生まれつきアブノーマル →お辛いでしょうね。。。僕も辛いです。

16:美術家の仕事とは→とても難しい質問ですね。僕もその答を探していますが、日々作品を生み続ける事と、下手くそじゃダメです。

17:高齢者 支える 若者数 →概ねさっきと同じなので同上と言う事で。

18:ペリカントレドで書く →羨ましい!僕もペリカントレドで書いてみたいです!!

19:美術家は→・・・・難しいですね・・・・。美術家は・・・・何なんでしょうね。

20:デザインフェスタ 企業→デザインフェスタがコーポレーションか?と言う事でしょうか??どっちみち知りません。

21:sculptris 使い方 側面→側面を向けたいって事??SHIFTとかALTとかCTRLとか押しながらじゃなかったっけ??最近触ってないから忘れた!!

22:イージートーン 痩せ→その気になったら何やっても痩せます。僕はビリー隊長の元で2ヶ月と炭水化物を抜く事で、8キロ落としました。

23:販売 赤シール 青シール 画廊 →赤シールは売約。青シールは商談中が一般的です。

24:デザイン・フェスタ →1を参照して。

25:売れてる美術家→僕って事に誰かしてくれませんか?

26:AKB 出馬→しちゃって良いんじゃないかと思います。

27:sculptris gallery→オフィシャルサイトに無かったっけ??

28:室内の壁にアートな作品 →アートな作品なんて如何わしいモノはやめて、アート作品を飾ってください。

29:アートの買い方→普通の買い物と同じです。ギャラリーに居る人(人が居なかったら、扉があったら開けてください。誰か居る可能性大)に「これ下さい」って言います。最近はネットでも買えます。アートフェアなどで買うのも良いですね。ちなみに今月末はULTRA003ってフェアが青山のスパイラルビルであります。よろぴこ。

30:美術家  価格 →作品の価格はそれぞれですが、美術家自体の価格はどうなんでしょうね。ニッチなので安いかも知れません。


さて、全く盛り上がらないまま終ろうとしている今日の配信!!

これを僕のマイブームとして、これからドンドン流行らせようと思います~~。

あ。
マイブームって元々は“自分だけのブーム”じゃなくて“自分から広げるブーム”だったりしたりしてicon16  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 00:15Comments(2)TrackBack(0)つぶやき

2010年10月03日

色々考えたらむしろ沈黙しました。





戦後美術やら、資本主義やら、芸術の役割やら、そんな事を考えていたら僕は貝になりました。

みなさんお久し振りです。今日は久し振りに千葉県の片田舎、八千代アトリエステーションより全国小規模ネットで配信してまいります。

ここの所は、忙しくて、作品の制作やらWEBの構築やら、ネットワークの構築やら、アトリエの運営やら・・・・どれも八千代の片田舎で小規模にやってるので、できる事全部やってギリギリ生きてる感じですが、そこそこ忙しくなると、自分が何者が判らなくなります。

とりあえず、先月は僕としては記念すべき国際舞台にて作品を出品。

手元にある作品が1つしかなくて、裸で日本国旗じゃあ韓国と言う国ではキツイ訳ですが、それでも作品を展示して生で見てもらえるというのは重要な事です。

そして、今月の末には青山のスパイラルビルで、ULTRA003と言う、若手キュレーターのアートフェアに出品するので、今はそれで忙しいと言った所です。

僕の私的テーマは“日本の傷”だったりします。

何にも面白い事が言えないのは、色々考えすぎただけです。

決して辛酸を舐める出来事に出くわした訳ではありません。

でも、僕を支えてくれてる人はキット辛酸を舐めさせてしまってるんだろうとか想うと、ホント芸術やってて申し訳ない気持ちでイッパイになったりしますが、きっと存在意義は気付かれにくいけどあるし、これから気付かれる世の中になるんじゃないか・・・・と言う事で、もう一踏ん張り・・・・みたいなねicon16  

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2010年08月30日

情熱大輔




すみません。無理がありました。
僕は客観的に自分の事を観れるので無理がある事は十二分に承知ですが、ネタが無い今となっては福田元首相からネタを拝借するしか無くなった今宵も千葉県の片田舎、八千代アトリエステーションより全国小規模ネットで配信してまいります朝まで生テレピン。

情熱はどんな状況になっても忘れたく無いモノですが、こうも作品がショボイと微熱も出ません。


ハイ。皆様ご愁傷・・・・
間違いました。

ご無沙汰していました。


ご無沙汰してしまったのは、KIAF(韓国国際アートフェア)ってヤツにショボイ作品出すわけにはいかないので、死にそうになりながら制作してました。

と言っても、大変なのは梱包だったりして、こういう作業をしていると、中身はもちろんイケて無いと話になりませんが、外側もしっかり造られていないと中身をお届けできないと言うのは人間と同じで、どんなに気持ちがあっても、丈夫な体が無いと、気持ちを伝えたり形にする事が難しいと言う事でしょうか。

そうそう、僕の作品もショートスリープに耐えられる体だから制作できるって言うのがあります。


さぁね。

え?

何が“さぁね”ですって?

それはいつまでショートスリープで居られるかですよ。

まぁ30代は行けるんじゃないかと踏んでいるのですが、40代に入る前までには、何とか作品だけで最低限の生活が出来ると良いな・・・・・イイな。。

もしダメだったら、社長の皆様、再就職先に検討ください!!
出来ればスポンサーだと大変喜びます♪

企業メセナの一環としてアーティストを育てる国、日本・・・・・

素敵過ぎるじゃないですか~~~~・・・・・・


閑話休題。。。。



僕個人的に最近の情熱大陸がフューチャーする人物に変化が起きてるような気がしていて大注目です。

今までの価値観を満たした上で、多くの人の共感と言うか尊敬を受けられる活動をしてる人物がフューチャーされてたような気がするけど、最近は釣り人や虫人が登場し、彼らは必ずしも今までの価値観では成功してると言う事にはなら無いかも知れないと言う事。

これは新しい価値観の提示だと言う事かしら?
もう、日本の成長率は上げ止まってるどころか、低成長・・・・

中国にGDPで抜かれ、BRICsにも近々抜かれるだろうし、高品質な製品は世界中で造れる時代に、今までの価値観に幸せを感じようとするのは諦めた方が・・・・

と言うよりも、価値観を変えた方が幸せを実感できるかも知れない。

ヨーロッパの国々は、そんなに産業が無くても、GDPが高くなくても、幸福度は高いのは何故なのかしら。

恐らく、自分の国の文化や歴史に誇りと自身を持っていると言う事と、社会保障が充実してると言う事は大きいですよ。

はぁ~・・・・僕はベルトの上のポニョくらいしか大きくないです。

多少の不安と不満と不安定を抱えても、専攻世代が培ったインフラや、ヨーロッパ型の社会民主主義程ではないにしろ、全ての社会保障を利用して、自分が情熱を持てる事を続けていける世界だと言う事を前向きに捉えて行こうとする姿を僕は情熱大陸に見たんじゃないかな。


とか言って、そんな風に考えて自分を正当化しようとしてるんじゃないかなんて自己嫌悪に陥るのは超絶簡単だし、見ようによっては情熱だけでは喰うにも困るかもよと言う解釈も出来る・・・・・そんなマイナスの感情を忘れるために、ただ黙々と出来るデッサンを生徒と一緒に5年ぶりくらいに描いてみました。

こうしてデッサンを描いていると、ただ入試の為に黙々と・・・・合格だけを視野にデッサンだけ必死にしていた時代を懐かしく、また愚かに、そして哀愁を感じつつ思い出します。

あの頃は毎日上達していく事だけで楽しかったし満たされてました。

今は言いたい事も多くなってしまって、それ故純粋では無くなったかも・・・・
そして売りたいなんて言う余計な希望や理想までも芽生えてしまってね・・・・。


それが情熱だと言うのなら・・・・・

誰か・・・・・・・・・


情熱大輔の製作してよぉぅっ・・・・・icon16


  

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2010年07月21日

売れ行き好調ですが極貧と言う仕事


しかしアレですね。選挙行きましたかみなさん??僕は何と言われようと行ってません。良いんですよ。入れるところ無かったし、まぁみんなの党とか良いと思うんですが、それは消去法の選択かもと思ったら、やっぱり入れる気にならなかったんですもん。

白票でも入れるのが義務とか言われちゃいそうですが、足を運ぶ気にもならなくて、僕はそんなにナマケモノでは無いと思うんだけど、相当行く気が起きなかったという事でしょうね。

色んな意味で期待してるから投票するんですよ。白票でも。

無視と言うのは全く期待しない状態です。

まぁ無責任とか何とか言われてもね。
美術家に優しくない国なので、僕は僕の仕事をこなすだけですよ。

えぇ、もちろん売れっ子になったらタンマリと税金払ってあげます。

だから、国なんかに期待してないんです。

総理やら政権変わっただけで支持率が70%とかになって、すぐさま30%とかに落っこちる多くの国民よりはブレてないし、誠実な姿勢だと思ってますけどね。

そんな非国民かもしれない僕が今日も千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより、全国小規模ネットで配信してまいります、朝まで生テレピン。


先日の“時事放談展”終了後も、作品の動きは良いです。
ART大阪で過去作が動いて以降、東京で展示していた新作3点の内、2点がコレクションされそうです。

この内の1点は、再来月に韓国で行われるアジア最大級のアートフェア、韓国国際アートフェア(KIAF)に出品予定だったんですが、急遽残りの1点と差し替えることに。

この1点がコレクションされてしまったら持って行く物が無くなると言う心配あれど、僕が持ってても仕方ないので、早く誰かにコレクションされないかと願っています。

そして、相当売れ行きで言えば好調なのに、全然貧乏なんですけど・・・・・

きっとビジネス的には相当破綻してるんだろうなぁ~作家ってicon16

  

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2010年07月14日

上上下下左右左右BA





最後はBAであってましたっけ?
ABでしたか??

ちなみに僕はAB型です。
そんな生まれつきアブノーマルと言うか、マイナーブラッドな僕が、今日も千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより、全国小規模ネットで配信してまいります、朝まで生テレピン。

イヤね。
やっぱり前回のここでもブツブツ独り言を漏らしたんですが、やっぱり美術の世界は横の繋がりが少ないと思うんです。

美術に関して以外でも、日本は外から誰かがコンコン♪と来た時に、その人が多くのお客を引き連れてるとなおの事、入室を硬くお断りしたくなる風潮がある気がする。堀江貴史さんを嫌った野球界やら、村上隆さんを気持ちよくウェルカムできなかったアートシーンやら、にわかファンの意見を一蹴する日本のサッカーファンやら・・・・

美術ファンや作家も、拘りが強いのか、ちょっと興味があるから話に混ぜてよ~~と言う第三者に対して厳しいところがあると思うしね。

今はそうでもないけど、写真は美術と区別されるようなところがあったし、クラフトは今でも区別されてる。

ガラス工芸や漆工芸、陶芸は、美術とは区別されるところがあるよなぁ。
僕自身がそれらをどう思ってるかは別として、そう言う風潮はどうなのかと思うよにゃ。

活字の世界も、若者の活字離れとかで、だいぶ疲弊してたんじゃないかと思うけど、最近は批評家の東浩紀さんが三島賞を取ったり、堀江貴史さんの小説が凄い話題で売れまくったり、そこに来てipad人気で、ちょっと人口が増えつつあるんじゃなかろか~??

やっぱり異分野交流と言うのは、どんなピラミッド構造に属そうとも、そのピラミッドの底辺であろうがトップであろうが、それはランダムに、フレキシブルに、フラクタルに関るべきだよなぁ~~と思うわけですよ。

だから僕もこんな場違いな場所でBLOGを書いてる訳です。

もちろん、ランキングが上位に来ることがあるのは、ブログ読者の皆様のお陰と言う事ではなく、FacebookのLikeボタンのバグのようなものである事も理解してますが、それでも何名かの社長がこれを見てくれてると言う事は、僕にとってとても重要な事だと言う事ですし、僕が皆さんのブログを拝読する事も、とても有意義な訳です。


そんな回りくどいと言うか、美術にもっと神経を向けろと言われそうな僕が制作した作品が、先日アート大阪と言うアートフェアに展示されました。

はい。

めでたく完売いたしました!!♪

凄そうでしょ??

でも1作品しか展示してないので1/1・・・・それでも完売には違いないですよね??

よね??


そして、1/1完売の成果と言うか、僕が作品を通して言いたい事、そして言いたい事を可視化した作品を理解して、一緒に仕事をして頂けるというギャラリーとも出会える事が出来ました。

まだ公式には発表が無いので、ギャラリー名は控えますにょ。

そして、年末に向け国内外での展示が増えるので、ちょっと忙しくなりそうな予感。
9月、10月、12月にそれぞれ・・・・・・

これ以上寝なくても人間は死なないのかなicon16


  

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2010年07月01日

アーティストと社会の関係ですと??




そんなテーマでオープニングイベントをすると言うので、色々考えたけど何も出てこないので、普段考えてる事を素直に言いました。


以下
自分用議事録メモ


美術作品が僕の意識する範囲の社会と関わりを持ててるかと言うと、どう前向きに考えても関りは持ててない。
でも、世界のどこかでは必ずと言って良いほどバブルが起きてるし、日本がどうなっても日本にも金持ちは居るだろうし、そう言う場所では美術作品の需要はあるんだろう。

問題はそういう場所にどうやって出て行くか・・・・・。


でも、キモは“アート”じゃなくて“アーティスト”だと言う事。
美術家がどう社会に関われてるかと言うと、それは一応生身の人間で、社会で生きてるので、関りは美術作品よりはある。

たぶん、これから文化的な側面を重視する世の中が来ると思う。
それは、日本の経済が閉塞して、ドンドン沈没してるのは、文化的側面をないがしろにしすぎたからと認識してる。

もちろん、海外に出て行かない内向きな国民性(?)とかもあるんだろうけど、それも繋がっていく問題。

新しいイノベーションとか、サービスって、よく言われるけどテクノロジーと文化だと思う。

でも、戦後日本はテクノロジーだけでやって来た。
たぶん、短期的・・・と言うか経済的に即効性があるのはテクノロジーなんだろうな。

でも、中長期的に考えたら、テクノロジーと文化を利用して新しいイノベーションをして行かなきゃならなかったんだろうな。

テレビも車も中国とか韓国でも高品質なものが出来て来た。
もちろん物価が安いから安い。

日本はチューナーを何基も積んで、複数番組同時録画とか、3Dテレビとか言ってるけど、そんなの普通は必要無い。

綺麗に普通に見て聞ければ、バイデザインとかの安いテレビで十分。

日本は昔から日本エイサーとかが、相当小さいノートPCとか造ってたし、タッチパネル式のPCも、そんなに新しくない。

なのに、日本からipadは出てこなかった。
これは、文化的側面を無視して来た事の結果だと思う。

これからは製造業はドンドン海外に出て・・・もちろんヘッドクォーターは日本にあっても、プラントは海外に出て行くし、行ってる。

そしてサービス業が中心になって行くだろうから、これから文化的側面を重視する社会になるんじゃなかろうか。

でも、現状は美術なんて社会の中で死んでる。

その中で、日本の文化レベルの低さを嘆いたり、日本政府の文化への援助の無さを嘆いてもしょうがない。

さらに、“私の好きな世界”みたいなのを突き詰めて表現しても、それはなお更社会との距離を置く事になる。

作家はドンドン深いところに入って行くし、社会はドンドン美術への関心も薄くなって、解釈しようとする能力も無くなる。

それはもう宗教みたいな世界のレベルになってしまっていて、社会は意外と文化、美術は必要だと思ってる。。。けど、そこで何かをしようとは思わないし、もちろんお金も使わない。

宗教も必用だと思ってる。。。。葬式とかお墓が困るから、一応お金を使うし、命にかかわる問題が起きたら、神頼みでお金は使われえる。

作家は勝手に作品を“私の世界観”一杯に表現して、それを信じてる。
それを布教活動のように広めようとするけど、美術には神頼みもないし、葬式もお墓も立てられないから、社会は目も向かない。

それこそ、信じるものは救われる・・・かも知れない・・・くらいなモノ。


結局、社会が興味があるのは、ブランドのように価値が付けられた完成されたもの、或いは芸能。
芸能人は大好きだし、伝統芸能も好き。たぶん完成された価値があるから。
それと、自分たちの周りで起きてる出来事・・・・いわゆるワイドショーネタ。

この3つくらいしか社会の興味は無いのだから、それを無視しては美術作品も美術家も社会に認知されないんじゃないか。

だから、ブランドや食玩とコラボした村上隆氏は、戦略的だし、当然の選択だったかも。

芸能は、僕が美術家王子とか言ってテレビに出れるほど、ビジュアルも愛想も良ければ良かったんだけど、残念ながらそうじゃないから無理。

と言う訳で、時事ネタと言うか、身の回りの出来事から作品を造ると言う方法を僕は選んだ。

そこへ来て、最近言葉が軽んじられてるとか言うように、言葉が情報収集ツールでしか無くなってる。

例えば、自殺者年間3万人と言うのはみんな知ってるけど、誰も深刻には捉えてないし、どうにかして減らそうなどとは考えてない。

ただ、一般常識的な情報としてだけ、自分の中に入れてると言った状況。
トゥイッタなんかも、フォロワーが多いのは、より重要な情報をいち早く発言する人であって、新しい提言や物事に対して発言する人のフォロワーは、有名人を除いては少ない。

そこに来て日本人は、直ぐに何かをしたら謝れとか、揚げ足を取って、それは違うオカシイ・・・とか言い過ぎる。自分の事は自分でやれ・・・・とかも言う。

自分の事は全部自分で考えて、全部自分で行動する中で、ドンドン人との繋がりは希薄になって、ドンドン内向きにコンサバティブになる。しかも、何か問題が起こったら全部自分に責任が掛かるから、誰にも相談も出来ずに、気が付けば自分が死ぬしかない・・・・みたいな。

自殺する人が3万人居て、その人がどうして自殺して逝ったのか・・・そこのアーキテクチャを考えて行かないと、世の中は良くならないんじゃないかと思う。

そして、そのアーキテクチャを考えると言う事は、自分以外の事に感心を持つと言う事。

で、どうやってそう言った問題に目を向けさせるかと考えた時に、言葉の力じゃ力不足みたいだし、僕がそれを立体でやろうと言う事。

美術作品は実態があるし、2次元、3次元のもの。
言葉は文字にしても音にしても、時間軸が欠かせない。

特に人体を3次元で表現すると言う事は、僕の感覚だと文字よりも自分たちに近い存在だと思う。

その立体物というメディアと、文字と言うメディアで同じ事を表現したとしても、メディアが違えば伝わり方も違うんじゃないかと思うわけicon16

  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 01:26Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2010年06月26日

My new works.




I am very sleepy.

......


Super sleepy.....


FacebookのLikeボタンを付けたものの、Facebookの友達は外国人だらけなんですが・・・・・

I can not speak English なわけです。

でもとりあえず。

画像だけでも、チョロっとととと。

今回の展覧会がご縁で、来月にはART大阪と言う大阪でのアートフェアに作品が出品されそうです。
関西地方で美術にご関心がある方、是非、お近くにいらっしゃる事があればお立ち寄りください。


もう、何日もまともに寝てないと言う、仕事が出来ない人特有の生活なので、何も面白い事が書けません。

もちろんいつも面白くなかったりしますが、まぁ良いじゃないですかicon16

  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 00:35Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2010年06月13日

何をして生きるか・・・。





みなさん。またまたお久しぶりです。
久しぶりなのにランキングで上位に食い込むのは僕のBlogが面白い訳では無く、おそらくはFacebookのLikeボタンによる影響のようですが、だからと言ってFacebookのLikeボタンはトレンドなので、僕はやめませんので皆さんがFacebookに入りましょう♪とか言うとFacebookの回し者みたいですが違いますけど、これだけFacebookを連呼してると怪しいのは承知の僕が千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより、全国小規模ネットで配信してまいります、朝まで生テレピン。

このFacebookのLikeボタンは、今後もしかするとリンクや被リンクなどを凌駕するようなSEOなどのトレンドになるかも知れませんね。

ただ、iframeを使っているので、ここのランキングの集計方法などに影響がでるんじゃないかと思いますが、だからと言ってLikeボタンを設置できなかったり、設置しないような流れになるのは逆行してるので、付け続けます。

実は、これはFacebookのLikeボタンの影響かどうかは判りませんが、ここのBlogからLikeボタンが利かなくなった時期がありましたね。

それでも復活したのはDREAM GATEの何がしかの判断なんでしょう。

僕はそれで良いと思います。


さて、一昨日と昨日で山形に行って来ました。
写真は蔵王の頂上にある、通称“お釜”です。

実はこれは山形ではなくて宮城県ですけど。。。

大好きな人と行く山形旅行はそれはそれはとても楽しいエモーショナルな体験でしたが、僕は大学から大学院と、6年間山形で過ごしているので、第3の故郷と言ったところです。

第一の故郷は大分。
3歳から8歳まで。

次はここ千葉。
8歳から18歳まで。
そして26歳~

そして山形。
18歳~24歳まで。

元々田舎モノなので、山形が肌に合うと言うのもあったのですが、多感な時期・・・・と言うか、僕が一番ハッチャケたのが大学生だったのと、アイデンティティを自分なりに設定できたのがこの頃だったので、とてもクリティカルな土地なんです。

しかしとっても田舎・・・・・
しかも繁華街は夜の8時には静まり返って、居酒屋も11時くらいで閉まります。

大学の近くの居酒屋は10時には閉まり、カラオケBOXも10時閉店するような退屈な町ですが、壮大で雄大で、人工物では与えられない知的好奇心を振り撒く大自然があります。

そうは言っても人々はここで生活をして、ブランドもipadもスタバも手が届きにくいこの土地で仕事をし、人生を送っています。

それを見るにつけ、ホントは仕事なんていうのはどうでもイイのかも知れないと思ってみたりして。

作品がどうのとか、現代人が忘れてる大切な事を伝えたいんだとか言いながら、自分で勝手に苦しんで、喜んで、アトリエで倒れたりする事の意味は何なのか?むしろ無意味かも知れないとか思ってみたり・・・・。

自分にとって全く無理の無い仕事がどこかにあって、ただただそれをこなしながら、家族を持って子どもを造りまくった方が、よほど世の為人の為なんじゃないかと思ってみたり・・・・・・。


確かに山形は過疎化も進んでるようなので、もしかしたら若者はとっても苦しんでるのかも知れませんけど・・・・。

仕事が無くて東京に出ると言ったら、“家族が住めんようにしちゃる”と言われたと言う兄を持つ地元の友達も居たので、もしかしたら住み難い一面もあるんでしょうが・・・。

そして、ここ千葉に帰ってきて、アトリエに足を踏み入れると、やっぱりもう少し耐えてよりイイ作品を世の中に提示して、僕の方法で世の中に切り込んで行かなければいけないと言う気になるという単純さ・・・。

しかし、なによりも良くないのは、どうしても視野が狭くなると言う事。

彫刻も、制作してるとドンドン視界が狭くなります。

人体→頭部→顔→目→二重

気が付いたら何時間も二重だけに手を入れていたり・・・・

二重が出来たと思ったら、全体がメチャクチャで、結局造り替えで後戻り工程になったり・・・。

常に360度見渡しながら進める事がセオリーです。

人生も・・・・・仕事も・・・・・・少しバックステップして、全体を見なければねicon16

  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 21:58Comments(3)TrackBack(0)つぶやき

2010年06月07日

ご都合主義




さて、とってもお久しぶりなんですが、いきなり告知と言うか、宣伝をしてしまえと言う、なんともご都合主義な僕が、今日は久しぶりに千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより、全国小規模ネットで配信してまいります、朝まで生テレピン。

俺が俺がと言う告知&宣伝ラッシュなBLOGはあまり面白くないけれど、俺が俺がと言う肉食系も減ってると言う事で、久しぶりの投稿ながら、なんとも厚かましくも、僕が参加するグループショーの宣伝をさせて頂きます。

えっと・・・・・
美術と言うのはかなり社会から排除された、相当隅っこに追いやられた分野だと思いますが、そんな美術で、社会に問題を提起しようとする作家を公募したものに取って頂けたので、「時事放談展」と言う、社会の中で日々を忙しく働いてる世の中のお父さん方には何とも申し訳ないタイトルのグループショーに参加します。

http://www.galleryartcomposition.com/japanese/main.htm

しかも、僕がこのグループショーに参加するにあたりテーマにしたのは女性問題と自殺の問題と、日本人の個に向かう内向き主義批判と、それ故に起こる異なるものへの無理解の問題などなど。

何でかって、子ども手当てとか消費税とかって大批判と言う世論な訳ですが、しょうがないですよね。
100年後とかの日本を想像したら、そんな事言ってられないハズ。

僕は子どもは居ないけど、子ども手当ての為に消費税が上がるならしょうがないと思ってますよ。

ただムカツクのは、税金が必ずしも国民に恩恵として返って来てないと言う政治不信からの嫌悪感があるから。

文化的な事に興味が無いのは、結局そのあたりと同じロジックなんじゃないかと・・・。

戦争でゼロリセットされた日本人はテクノロジーを追い掛ける事で経済復興した訳だけど、ホントはイノベーションってテクノロジーと文化が必要なハズ。

だから、日本はウォークマンも車も改善して良い物を造ったと言う事であって、新しいイノベーションは日本で何か起こったんだろうか・・・・

そこに来て、テクノロジーで改善、改良して・・・・と言うのに限界が来てるんじゃないかね。

3Dテレビとか、チューナー3つも4つも搭載したテレビとか、ハッキリ言って要りません。
普通に見れてそこそこ綺麗であれば、バイデザインでもドコのでも良いんですよ。

海外なんかは、ipadとかyoutubeとかUSTREAMとか・・・新しいイノベーションもサービスも生まれてるのは、若者を潰さないシステムとかもあるんだろうけど、やっぱり文化レベルが違うからじゃないかね。

でも、テクノロジーで富を生んだから、テクノロジーは信じる。
自分は大好き。

テクノロジーで裕福になったからかどうかは知らないけど、他人に興味が無い。

抱えた問題も外には出せないから、抱えきれなくなったら自殺しちゃう・・・みたいな・・・。

まぁ何だかそんな、何で日本は息苦しいのか・・・・。自殺者だけが世界最高レベルなのか・・・。
文化意識が低いのか・・・・・。

その辺のロジックやアーキテクチャを作品にして伝えられたら・・・・・ねicon16


  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 02:26Comments(0)TrackBack(0)つぶやき

2010年05月28日

高付加価値ing




何だかお久しぶりです!!
そうでも無いですか??

むしろ「アンタ誰?」って感じですか??
まぁ良いじゃないですか。

ところでWEBやコンピュータを取り巻く環境は目まぐるしいものがありますね。

あっ、タイトルコールを忘れてました!!
あなたの心の片隅へ送ります!
千葉県八千代市の片田舎、アトリエステーションより、全国小規模ネットで配信してまいります、朝まで生テレピン。

僕は大学生の時にセガのドリームキャストで初めてインターネットに繋いだんです。
その時好きだった作家のホームページを検索したらヒット。

さらにはBBSと言う掲示板があり、書き込みをすると翌日に作家のマネージャーと言う人から返信が!

これは僕が生きてきた中で最大の衝撃でした。
最大の衝撃と言うのは、テクノロジーから得た衝撃の中でです。

もちろん人生最大の衝撃は初恋な訳ですよ。
人間、結局そんな平和な生き物です。

たぶん。

閑話休題。

その後1週間後にはローンを組んでPCを購入し、更に2週間後には自分のホームページを公開し、作品を載せたりしてました。

あの頃はWEBもコミュニケーションが盛んでしたが、今はトゥイッタなど見ていても、情報が流れるだけですね。

コミュニケーションは相互ではなく一方通行がほとんどで、RTやQTが貼られて、共有されていくのは、人々の感覚ではなく、より重要な情報と言ったところです。

そして僕は立体を学んでいた事もあり、3DCGを始めるんですが、Lightwave3Dと言うソフトを購入したのは10年ほど前になるかな。

20万くらいだったと思います。

でも、それから10年・・・・・

ビックリしたのは、当時からMetasequoiaなどの優秀なフリーソフトはありましたが、最近は全く新しいアーキテクチャーでモデリングをするソフトが出て来て、僕の中ではZBrushなどがその代表なのですが、それにソックリなフリーソフトが早くも登場です。

sculptris(http://www.sculptris.com/gallery.html)と言うソフトですが、使ってみると判りますが、これがフリーとは驚きです。

最初は新しい感じのZBrushも、こういうのが出て来ては、次々と付加価値を付け続けなければいけないでしょうね。


ちょっと反れますが、美術の世界でもデジタルの波が来てます。
以前はインターラクティブアートが話題になり、ヴィデオアートなども続きました。

それはそれで落ち着いた感はあるのですが、最近はジークレー版画が目立ちます。

これは結局はデジタル印刷です。
一眼のデジカメが高機能、高性能になり、印刷機も同様に発展した結果ですね。

もしかしたら立体も3Dデジタルプリントの時代が来るのかも知れないと、知り合いの作家と話す中で、このフリーソフトも教えて頂いたのですが、感覚が掴めないので、僕の場合は全然粘土の方がいい仕事が出来ます。

ただ、能力で言えばデジタルで造った方が、より細かい造形が可能みたいですね。

後は3Dデジタル印刷のレベルがアナログに迫ってきたら、僕の仕事を脅かす事になり、僕は付加価値を今以上に付加していかないとマズイ状況です。

でも、版画としての立体と言う事を考えた時に、3Dデジタル印刷を考える事も必要と言うか、費用対効果が大きいかも・・・・

と言う事で調べていたら、3DCG作品を公開するSNSに、3Dデジタル印刷が出来ますよ。とのアナウンス。

辿ってみると、何と株式会社アイジェットhttp://ijet.dgblog.dreamgate.gr.jp/でした!!

何と!!
こんなところでお目に掛かれるとは!!♪

いい仕事をしている団体、企業、個人は、最終的にはどこに居ても目にするようになりますよね。

きっといい仕事をされているんですね♪

あ~~~。
僕の仕事もその辺で見られるように・・・・ならない系の作風でしたicon16

  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 01:03Comments(2)TrackBack(0)つぶやき