2014年04月26日

世界アートフェア・フォロワー数

It is the twitter followers of the Art Fair at the time of April 15, 2014
大体の事はネットで判る。
興味本位でまとめてみた。
自動集計とか比較とか出来たら面白いのだけど・・・。
ART BASEL フォロワー数  114,988 
Scope art show       10,997
VOLTA             5,307
Affordable Art Fair NY        5,720
FriezeNY          20,403
LA Art Show          2,032
Art LA Contemporary      6,259
Armory Show         38,115
ADAA / The Art Show      522
ART ZURICH          2,404
Art Rotterdam         6,536
ART Santa Fe         457
sp-arte            4,027
Art Toronto          12,095
FriezeRONDON       78,169
ART FAIR TOKYO      11,987
Art Stage Singapore       3,726
ArtShow Busan          73
DAEGU art fair          104
SELECT Fair(今回行くやつ)   1,790
BANK ART Fair (去年いったやつ)まさかの1人(運用されてないっぽい)

ちなみに
GEISAI           1,398
デザインフェスタ(日本語) 32,921
デザインフェスタ(英語)    533

何となく、色んな国の色んなフェアをツイッターのフォロワー数で比較。
Facebookしか運用してないフェアもあったけど、そもそものユーザー数が違うので比較から排除。

もちろん、フェアの歴史によってもユーザー数は違うでしょうね。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 19:07Comments(0)つぶやき

2014年04月25日

使い捨てプリンタ



本体買うと4,000円もしないでインクも付いてくる。
けど、インクが切れてインクを全色買うと5,000円。。。。ハードは捨ててソフトで儲けるビジネスなのね。きっと。
ネットなどで“使い捨てプリンタ”とされてるけど、何気に最初に付いてるインクが少なめだった気がする。買いなおしてからはだいぶ持ってる。気のせいか?
メーカーもバカじゃ無いだろう。きっと、インクを買った方が若干は得なのだと思う。

しかしこのプリンタ、顔料インクが付いてるくせに、出して来ない。
カラー設定だと顔料インクを使用しない。CMYの混色で黒っぽい色を出してくる。
赤っぽかったり、紫っぽかったり・・・・・。
プロファイルやら設定やらで、まぁ・・・許せる範囲の黒を出せるようにはなったけど・・。

しかし、リアトレーを排除した最近のプリンタは改悪だろ。。。。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 22:18Comments(0)

2013年12月31日

今年も終わったと言うか始まったと言うか。

さて、今年も終わりというか今年も始まったと言うか、そんなタイミングで書いてます。

ここ最近の目標は、“媚を売らない・愛想笑いを浮かべない・飼い慣らされない”の3つでしばらく来たけれど、多少は愛想笑いも浮かべておかないと、リスクマネジメントもクソも無さそうなので、最近は愛想笑いでもしてみようかと思う事もあるんですが、引き攣ります。

作品を初めて買ってくれた着物の女性に言われた「可愛がられることも覚えなさい。」と言う意味はまだ判らないというか実践できてません。

2013年の活動目標は、海外展示あるいは国内外アートフェア。




敬愛する大阪のBOSSと大好きな妻のお陰で5月に香港のBANK ART FAIRで達成。
10月には東京でULTRAにも参加。ギャラリースタッフの尽力で作品も売って頂いた。

年末には忘年会のつもりで参加した展示で優秀賞など頂いたりして、良い形で今年の活動を締めくくれました。

来年は “媚を売らない・愛想笑いを浮かべない・飼い慣らされない”の他に、勝間和代を見習って “妬まない・愚痴らない・怒らない”も加えようと思います。

まぁ、愚痴らないと怒らないは結構今でもできてる気はするけど、まぁ…思い通りに行かない事が多いと妬みと言うのは抱くようで、最近、昔は無かった妬みの感情を感じる事がある、、、な。

これは良くない。

活動目標としては、来年は海外で売りたい。

目指せオランダ以外のコレクタ開拓。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 22:04Comments(0)つぶやき

2013年12月04日

東京スカイツリー&ソラマチ

昨日は先月末大阪に行って以降、妻とデートができてなかったので、初の東京スカイツリー&ソラマチへ。ちなみに、スマホのGoogleMAPで“スカイツリー駐車場”で行こうとすると、草加市に飛ばされるので要注意!!

さて、ソラマチ駐車場は料金がパ無くて、30分350円。1時間で700円です。
一日の上限はありません。3,000円で1時間。5,000円で2時間無料。

クリスマスのプレゼントを1日かけてソラマチで探して、何も見つからなかったら悲劇です。5時間で3,500円。

その代わり駐車場には必要ないほどの人員が配備されてて、頭も腰も超低いです。
まぁ、この駐車料金を考えたら、それなりの人しか車では来ないっぽいです。

ダイバーシティ東京と同じ、高級車ばかりの駐車場にMazda車でGO!

行って納得。
展望台が一人2,000円なので、カップルで展望台に登って、スタバでケーキセット食べたら2時間分の駐車場代が浮く。

もちろん、僕らは観光目的でもなく、まぁ、そんなに食いつきが良く無いけど、こぼれモノがあれば喰ってみたいタイプなので、人混みが無くなったであろうこの時期に、たまたま時間も空いたので行ってみたという感じで、展望台は無用の産物でありました。

商業施設としては、別に特別感は無い。
ここでしか手に入らないものって特に無さそうで、まぁ千葉ならららぽーとでも同じ感じ。

カルディとかスタバ、その他、イオンにもある店も結構入ってたな。

しかし、食事をして3800円な僕たちは、コーヒー飲んで4,200円まで持って行ったものの、残り800円が!!

特別なもの・・・・特別なもの・・・・。
千葉ではあまり売って無さそうな・・・・・

。。。。。。


・・・・

!!!!


ありました!!!
ベーコンブックマーク

食品サンプル屋さんの店舗で売ってた、ベーコンブックマーク900円。
読みたい本は沢山あって買ってあるのに、読む習慣が無くて読み進められない僕は、これで読書もテンション上がりそうです。

と言うわけで、食品サンプル屋さんオススメです。

その他は・・・まぁどうでも良い感じっぽかったけど皆さんご自分の目でお確かめを。

ちなみに結構人気はありませんでした。
船橋や豊洲のららぽーとくらい。

ダイバーシティ東京よりは居たかな。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 09:41Comments(0)つぶやき

2013年11月21日

HENTAI展は明後日からです。




ヘンタイと言っても変体である。しかし、R-18指定の展示だから変態も含まれると予想される。

僕が変態かどうか判らない。
僕の作品が変態だとは思った事がない。

しかし、規制された歴史を見る限り、この国ではアブノーマルなようだ。まぁ、僕の認識では変態も変体もアブノーマルとは少し違うのだが…

ともかく最初はYoutubeで、フラグが立てられて削除。
そして西武百貨店渋谷店での展示。これは当時、都条例の青少年育成条例改定の時期で、まぁ、世間的に卑わいな事に敏感だった。

まぁ、とある団体が動いたらしいとか何とか、色んな噂はあるし、会期途中での即日強制終了もめずらしいけど、まぁ、理由なんて関係ない。

この国ではあの程度の作品群ですら、デパートでは展示ができないらしい。
そして、月島での個展でクレーム。展示替えを余儀なくされて、その後はアメブロがアップできない。そしてAmazonで出してみたKindle写真集はやはりと言うかなんと言うか、R-18 指定を喰らう。

まぁ、判らないではないけど、同じようにR-18されても良さそうな写真集も、有名作家になると一般書籍として売られているのは納得しかねる。

HENTAIって、不自然で、極端に大衆からかけ離れて、更に似合ってない(様になってない)事が重要。作品の場合、様になってないと人様にお見せするモノとして、売り物としてヤバイと思うから、僕の作品は様にしてる。

だから、僕の作品を変態だと、特に美術関係者からは全く言われない。 

でも、ギャラリーやデパートで規制を受けた歴史があるのは、一般的にギャラリーやデパートに、エロいものや暴力的なものは無いと思ってる消費者が多いだけ。

だから僕の作品をデパートで見ると、不自然で、大衆の考えるデパートに置かれるべき作品からはかけ離れた作風で、相応しくないと思われる。そんなところじゃないだろうか。

言い換えれば境界を超えてしまったとも言える。

もちろん僕も人の子で、親も居て妻も居る。
まぁ、作品について色々言われたり心配されたりもする訳だ。
そんな事が無くても、「どう思われるのか?」と言うリスクは考えてる。

どう思われるか?≒ヘンタイと思われないだろうか

多様性と慣用性・・・そして開放性。

そんな素敵な世の中にする為には、この国には超えるべき境界が多すぎる。。。。


-----------------------------展覧会情報-----------------------------------------------------------------------
「明日の襟を掴んだ3人展」
石田克 ヨシダユリ 舩木大輔
※18歳未満入室お断りいたします。

2013年11月22日(金)~11月24日(日) 
12:00-19:00
SYSTEMA GALLERY
http://www.katsuishida.com/

会場地図は下記URL
http://goo.gl/maps/9O7lV

大阪、関西方面の方、是非お立ち寄りください。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 00:24Comments(0)つぶやき

2013年11月03日

2周目。




生徒さんがデザインフェスタで制作依頼を頂いたようだ。
見せるべき所に見せ、訴えるべき相手に訴えれば、もちろん金額次第で、ほとんどのものは共有すべき相手が見つかる・・・そう思ってる。

一人居たのなら、もっと居るはず。
それが、10人に一人なのか、1万人に一人かなのが問題。
10人に一人なら国内でも、しかし、1万人に一人なら、海外を含めるか、作品バリエーションを増やすしかない。

イベントに出品、小さい規模ながら個展も行い、コアなアートのイベントにも参加してきた生徒。
今回は1周終わって2周目、色々と考え込んだり、自信を疑いかける頃。
僕もそういう時に初めて作品が売れたので良く覚えてる。

きっと大きな救いになっただろう。


僕は僕で、先日ULTRA006と言うアートフェアに出していた。
まぁ、その総括はまた今度やるとして、生徒から嬉しい知らせが届いたので、久し振りにブログを更新。

誰かが言った。
歩みを止めなければ、いつかは頂に登る。

歩みを止めない事、そして死なない事が肝要だ。

写真は僕の参加したアートフェアULTRA006の模様。
生徒の作品は、許可が出たらこちらにもいずれ載せる。

かも知れない。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 00:11Comments(0)つぶやき

2013年10月24日

暇なのか?案外儲かるの?





最近めっきりBlogを書かなくなったのはツイッターやFacebookのせいだな。
それは結局のところコミュニケーションな訳で、何かをアーカイブしようとか、系統立てて日記を残そうと思ったらBlogの方が良いのだろうけど、まぁ、僕の日記は残すまでも無い。

別に“いいね”が欲しいわけでも、そのためにつぶやいてる訳でもないけど、コピーブランド何とか・・みたいな所からコメントが入るよりは“いいね”の方がイイネなのは決まってる。

たまにちょっとまじめに、日々思った事を文章に・・・とも思わないでもないけど、まぁ一体全体それが何のためなのかとか考え出したら、どうも筆が進まない。

まぁ指だけど。

久し振りにここにログインしたのはコメントを整理しようとしたのだけど、それもやめた。
まぁ何チャラコピーブランドのコメントが並んでるのも悪くない。

ここ数日、結構な書き込みなのだけど、この人たちは暇なのか?それとも何チャラコピーブランドの得体の知れないコメントと、URLを人のBlogに残すと結構なお金になるんでしょうか・・・。

僕は明日から青山のスパイラルホールでアートフェアがあるので忙しいので、自分のBlogを書くのもヒーヒーですが。

もし、お近くに来る事があったら社長の皆さまも是非お立ち寄りください。

何せ、世界を見渡せば、自国の芸術文化を担ってるのは、僕らみたいなアーティストと、社長たちのように、経済的余裕がって文化意識の高い人たちなので・・・。

まぁ、日本では、経済レベルが上がるほどに、アートへの興味は減るというのが通説らしいけど。。。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 12:34Comments(0)つぶやき

2013年06月10日

BANK Art Fair in 香港 アートフェア編




さて、アートフェアに参加してきた経験を個人的アーカイブ化しようとBLOGに書き始めた訳だけど、よくよく考えたらアートフェア編なんて言うほどにはアートフェアを経験も体験もしていない。

僕がギャラリーの冠で参加したアートフェアと言えば、KIAF、ART OSAKA、そして今回のBANK Art Fair。
ULTRAもアートフェアだけど、これはディレクター単位で、更に35歳以下(だったかな)と言う変わった縛りのあるもの。ギャラリーの冠と言うよりはディレクター個人の冠が付く。

そして、KIAFとART OSAKAには行っていないので、体験したフェアとしては今回が初のようなもの。
客として行った物を含めても、BANK以外にはアートバーゼル、バーゼル香港、ヴォルタ・バーゼル、スコープ・バーゼル、アジア・コンテンポラリー・アート・ショー、アートフェア東京、東京コンテンポラリーアートフェア、ぐらい。

今まで見てきたものの中で、やっぱりアートバーゼルは別格。
上着、手荷物は預けないと入場できない程、セキュリティーも厳しかった。
お客は見るからにお金持ちそうな人もチラホラ。

レイヤー(コスプレイヤー)か!?と思わせるような衣装に身を包み、髪の毛は腰まで細い三つ編みで1つにまとめてある騎士のようなイケメン。
そして、気品溢れるハリウッドセレブのような女性(背中はガヴァ~~ッと開いていたが、シミそばかす一切無し!)そして、ズングリむっくりした顔も体も横にワイドな中国人女性。しかしお金はあるんだろう。ウェストと同じくらいの幅のツバの帽子に、耳まで届きそうな肩パットのジャケット。
ツバが小さいのかウェストがデカイのかは言わずもがな・・・。
まぁ悪い事じゃない、精神的に豊か、経済的に豊か、どちらかだけがあれば、素直に生きれば人間太るのだと、最近は思っている。

僕らのような観光目当ての客がブースに入っても目線一つぶれない。
が、この西洋騎士がブースに入ると、ギャラリースタッフはピタッと背後に付く徹底振りだ。

客層と賑わい的に、アートバブルは終わった2011年だったけど、きっとそれなりに売り上げたんじゃないかと想像する。
とは言え、アートバブルが終わってたので、存命作家がどれだけ売れたかは・・・・知らない。

バーゼル香港はほとんど撮影会で、客は多かったけど、どれだけ売れたのかは・・・・どうなんだろう・・・・。
本家バーゼルには到底およんでない印象。
出品料だけで300万と言われるフェアに、この作品で挑むのか!!??
と言うチャレンジングなブースも目立った。
ドローイング4枚、額なし、ピン止め。とか、お猪口みたいのちょこちょこっと地面直置き。とか、絵の上手い小学生が描いた綾瀬はるかっぽいのとか。


基本的にギャラリー名や作家名は見ないでフェア内を徘徊するようにしている。
その方が感覚が鈍らないから。
だから、どの程度のギャラリーがどの程度の作家の作品を持って来ていたのかは判らないが、そんなに感動するモノがあったのかと言われたら、それは怪しい。

それが無いと、アートの今が感じれてないと言う事だったりするのかも知れないし、それでは失格なのかも知れないけど、だとしたらそうなんだろう。今に至るまで衝撃を受けるような作品には会えていない。

香港バーゼル、規模が大きいとは言え、アートフェア東京をちょっと大きくした印象。あまり変わりは無い。
ただ、アートフェア東京よりも大型作品が多く、また、大型作品が売れてもいた。




が、言うほどでも無い印象で、凄く売買が賑わってるようには見えなかった。
(行ったのが最終日と言う事もあるのかも知れないが)

バーゼル香港と同時期に、僕が参加したBANK ART FAIRもバーゼル香港の会場からタクシーで10分ほどのアイランド・シャングリラホテルでやったのだけど、こちらはどこかのBLOGにも書いてあったが、告知不足だろう。全然来客が無かった。そんな中で、僕が参加させてもらったシステマギャラリーはボスが自身の作品を300万でご制約。計400万くらいは売約を付けたので、こんぐらっちゅれーしょん。

ただ、フェアとしては、たぶん・・・・どうだったんだろう・・・・2回目は・・・・無いかもしれない。
全く売れずに帰るギャラリーは多かっただろうと想像する。

が、フェアーの規模が大きくなっても、売れないギャラリーの割合は結構高いようなので・・・フェアとはそんなものだと思えば、他と変わらないのかもしれない。売れる所は売れるし、売れないところは売れない。

歩いて10分程、隣のホテル、JW・マリオットホテルで行われていたアジア・コンテンポラリー・アート・ショーは、凄く賑わっていた。
若い層が多かった印象ではあるけど、結構赤シールも付いていて、総合的に活気を感じた。
ホテルフェアーなので大型作品は少なく、売れてると言っても10万くらいまでの作品が売れ筋のようだったので、黒を出すのはギャラリーとしては難しかったかと思う。

が、人が多く出入りするという事は、出会いが多いという事だ。
売れる以上の出会いがあった人やギャラリーもあったかもしれない。

個人的な感覚としてはヴォルタやスコープは東京コンテンポラリーアートフェアより大きく、アートフェア東京より小さいと言った印象。
まぁ、客層は購買層が多かったかも知れないけど、でも、きっと、いうほど売れてない印象。

当時のヴォルタは村上隆氏のカイカイキキギャラリーが、確か招待出展で、入り口正面全体を壁のように占有していた。
ここは賑わっていたし、購入交渉のような事もしていた。

がしかし、カイカイキキギャラリーの若手作家の作品の安さに驚いた。
しかもカイカイキキギャラリーは作家取り分1/3と、確か村上隆ご本人がニコニコ生放送か何かで言っていたから、売れても経済的に嬉しいという事は無いだろう。

が、権利関係や外国語でのプレス資料、フェアでの通訳など、“活動”のバックアップ体制や、ブランド力、影響力、プロモーション力を考えたら、プラスの方が大きいだろう。

アートフェア東京は以前から行っていたが、それ以外は大体2010年以降に体験した訳だけど、確実にアートバブルとかアートフェアブームとかは下降線に感じる。

2007年のアートフェア東京が10億の売買があったなんて、今からは想像も難しい。
しかし、アートマーケットと景気の関係はいつも比例している。

2007年と言えば、日本は戦後最大の景気拡大期間、いざなみ景気のただ中だった。
バブルやいざなぎ景気よりもGDPでは劣っていた中での10億。

今を生きるあすなろ美術家にとってはアベノミクスに期待したい。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 11:07Comments(0)つぶやき

2013年06月01日

BANK ART FAIR in 香港 Vol,1

仮死状態で生れた僕が、大量の荷物を自ら運んで海外のアートフェアに出向く、まさかそんなガテン系な事になるなんて、なかなか人生面白い。

海外にも全く興味が無く、新婚旅行のスイス、バーゼルアートフェアが初海外、なのに世界3都市で行われてるバーゼルアートフェアを既に2つ見た。

規模は大きいけど、並んでる作品がどうかと言えば、まぁ僕にはよく判らない。あそこに並ぶ根拠はなんなのか、それはギャラリーも作家も。

まぁ、どちらも審査されてあそこに並んでる訳だから、まぁ、そういう事何だろう。

スイスのバーゼルアートフェアは活気が凄かった。セキュリティも厳しくて、ハンドバックも持ち込めない。もちろん、カメラなんてもっての他。

売上もなかなかだったらしい。
とは言え、大半は上がりきった作家の作品で、売れて無いのがほとんどじゃないかとは思う。

香港バーゼルに至っては、どれだけ売れてるのか想像もできない。ほとんど撮影会だ。


ハンドバックはもちろん、カメラも持ち込みOK。撮影もだいたいOKっぽかった。撮影禁止のマークがあっても、それをかざしてる方が少ないから、みんな勢いで撮りまくってた。それを止める人もいない。

・・・・・・・・・・

とにかく、何をどう書いていいのか・・・最近めっきり文章の組み立てが下手くそになった。
まぁ誰が見てるでもないBlogなのだから、つらつらと書き連ねたら良いのかも知れないが、誰が見るかも判らないので、そうもできず。

ネット上の1ブログなんて、広大な宇宙に放り捨てられるようなものだろうが。

とりあえず、香港旅行をトラベラーな視点から書いてみようか。
トラベラー編、アートフェア編、作家活動編とかにカテゴライズすれば、散乱しなくて良いかも知れない。

香港旅行的に、サーチャージ込みで6万くらい。
ホテルはネット上の評価で4つ星(もちろんホテルランクではない)くらいの場所で1泊1万くらい。
https://maps.google.com/maps?q=%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB&hl=ja&ie=UTF8&ll=22.274858,114.17861&spn=0.001978,0.002894&hq=%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB&t=h&z=19&layer=c&cbll=22.2749,114.178421&panoid=_2vqge75DOqNnuTRo20sBw&cbp=12,173.05,,0,-32.45
↑泊まったホテル

今回参加したホテルフェアーの参加費は、たぶん40万くらいだから、50万あればバーゼル香港のサテライトで個展も全然可能と言うわけだ。
50万ってなかなか出せないぜ。
と言うかも知れないけど、僕がどれだけ貸しギャラリーで実を結べない展示に費用を注ぎ込んだかを考えたら、やってみても悪くない気がする。

こんなちっちゃなフェアで元が取れるのか?
に関しては、詳しくは書かないが、僕が出したギャラリーの売り上げは500万近いだろう。

なお、感謝してる人のために補足すると、実を結んだ貸しギャラリー展示ももちろんある。

閑話休題。
香港に着いたらガンガンタクシーを使うといい。
香港島のクーロン側、ソーホーやワンジャイの辺りであれば、1,000円もあれば結構移動できる。
ちなみに、上記ホテルから香港空港までは320香港$くらいだった。
(地球の歩き方やホテルのフロントに聞くと370香港$くらいと言われるけど)
九龍側のペニンシュラホテルから、上記滞在ホテルまでで750香港$くらい。

安く済ませたければバス。
空港のバスターミナルに出たら、ロータリーに行かずにターミナル左手を向いて欲しい。
ここにチケット売り場があるので、ここでチケットを買って乗車する。

ちなみに僕の場合、ホテルに一番近い(ホテルから歩いて20分)バス停までで40香港$くらい。
全然安い。

空港からワンジャイ、あるいはそこから東に行くのならA11バス。

そして、バスの運転手とタクシーの運転手には英語がほとんど通じないと思ったほうがいい。
僕の泊まったコスモホテル。

“コスモ”と発音しないようだった。
Googleマップで見ても判るけど、現地名は“香港麗悦酒店”。
タクシーやバスで行き先を伝える時は地図を直接見せる方が早い。

ホテルは英語を話すけど、発音が聞き取りにくい。
デポジットは“テポセッ!”
トゥエルブ(12)は“トワエ!”

なんでも語尾が強い。

街は人の量が凄い。
そして歩道が狭く、たまに臭い。




フェリーからの摩天楼は綺麗だったけど、地を歩くと見え方も違う。
まぁ、それがフィールドワークなのだから、それはそれで面白い。

歩道トラップが多々あり、歩道かと思って渡るとトラムの停留所で、向こうまで渡れない事とかある。
そして、歩道によく穴が開いていたり、舗装で敷き詰められたタイルやレンガがボロボロと抜け剥がれて、歩きにくいような所も多い。
そんなところに突然、タイムズスクエアやアップルストアがあるのだから、面白いと言えば面白い街。




そして、女の子がみなオシャレ。

滞在中の生活には困らないだろう。
デパート的なところには、日本語メニューのレストランも多い。
アップルストアに隣接するストア上階の点心やさんは「お勘定」が通じる店員も居るくらい。

そしてデパート的な店の地下スーパーに行けば、日本製品で賑わってる。
日本製品が輸入の形で、パッケージもそのままに売られているから、買いやすい。

ちなみに“出前一丁”には何かスペシャリティがあるようで、ホテルの冷蔵庫にもあったし、レストランのメニューにもある。
ちなみにレストランで食べると55香港$だったから、メチャクチャ高価な料理だ。

もちろんその分、値段は高め。
僕が日本でよく飲んでいる、UCCの117と言うインスタントコーヒーは、僕は90gを400円くらいで日本で買うが、これが1,200円くらいする。
あと、フルーツの品揃えが良い。そんなに美味しくは無かったが。

そうそう、何が不便だったかと言えば、ホテルのコンセントが1口しか無い事。
香港のホテルは狭くて有名なので、そんなモンなのかも知れない。

100~240Vとかに対応するタコ足があるのか、日本のタコ足がそのまま使えるのか知らないが、タコ足あると便利。
携帯2台、予備バッテリー1台、タブレット1台、ビデオカメラ1台をそれぞれ1晩で充電すると言うことは、熟睡が許されないと言うことだった。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 16:33Comments(0)つぶやき

2013年05月09日

楽しいって大事ね。


そもそもBlogを書き始めたのは、GEISAIと言うアートイベントに参加する時に、GEISAIアーティストBlogと言うのがあったから。
そこのランキングで最高2位まで行ってしまったので、義務のように書き続けていた訳だけど、訪問者も一日3桁を超え、ランキングも上がると、どうしても読者を意識してしまう。

どんどん長く、何故か僕の場合は小難しい話になるようだ。
ちょっとラフに、これからは書こう。

誰かが言った「楽しいうちが華」
そう、Blogを書くのが億劫になっていた。

作品に関しては「楽しくなんて造れない、楽しいなんて言って造られてる作品にろくな物を見たことが無い」くらいに思ってる。最近は。

でも、楽しいって大事だね。

作品も、たまにポートフォリオで過去の作品を振り返ると、愛情のせいか、思い出のせいか、思い入れのせいか・・・・初期の作品は、造りは粗いけどイイ。

そう言えば昔は楽しかったなぁ・・・・色々と。

香港に作品を売りに行くために、立体だけでは持って行ける作品数に限りがある。
そこで始めた平面作品。

これがなかなかに楽しい。
忘れてた感覚。

パソコンも買い換えて、64bitマシンへ。
メモリも16ギガ積んだ。
勢いで、左手用の入力デバイスも揃えた。
香港から帰ったらしばらく遊びながら引き続き平面作品を造ろう。

作品がイイのか悪いのかは判らない。
そういうのは僕が決める事では無いと思ってる。

今の作品の時もそう。
とにかく人に見せて判断を仰ぐ。

日本には多様性が少ないので、できるだけ海外にも、見せたいが・・・・。
いつまで続けられるのかは、いつも不安。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 15:01Comments(0)つぶやき

2013年02月07日

保守が多様性を潰しに来る




大雪大雪と言っておかないとみんなアタフタするので、それで大雪大雪言ってくれてたんでしょうね。
結果的には予想は外れて苦情だらけみたいですが、結局天気予報なんて言うのはその程度な訳だから、天気予報士とか資格化した所で精度はその程度と言ったところです。

あまりあてにしないと言うのが精神衛生上いいのでは?

まぁどんな事にも平常時と同様に対処するよりも、その状況状況を最善の方法で、何よりも楽しめる力を身に付けた方が幸せです。きっと。

そういった意味では、思いがけない状況と遭遇すると言うのは日本みたいな国では少ないと思います。
どこかの国みたいにその辺で肢体と首が胴体から離れちゃってる死体が見せしめにされてる事も無いし、何とか武装勢力に拉致される事も無い。
強盗も僕は会ったこと無いし、ナイフや拳銃を突き付けられた事も無い。

まぁカツアゲはありますよ。普通に。
えぇ。
出しました。財布。

でもそんなもんです。


それは住み分けされてると言う事なんでしょう。
日本みたいに人口が億を超えると、コンセンサスを得ていくのが難しい。
だからと言って少数派が絶対数として認知される事は難しい。。。

そんな人口なんじゃないでしょうか。

だから少数派は完全に排除される事も無く、住み分けされるようにどこかに潜ってます。

逆に言うと少数派は少数派によって形成されるコミュニティにおいてのみ少数派で居られる事によって、存在を許されて来たんじゃないですかね。

それが今崩れて来てると感じるわけですよ。

そうなった理由は大きく2つと考えます。

1つは、日本はイノベーションができない。
プロダクトは出来てもイノベーションが出来ない。

改良改良で質のいいものを造ったら売れる時代は過ぎ、スペックが多少落ちても構わない。むしろ必要最低限のスペックで新しい経験、生活の一部となり得るツールを必要とする人々が世の中を動かす時代に日本は追いつかない。

それは科学技術ばかりが先行して文化をないがしろにして来たツケじゃ無いだろうか?これからは色んな価値観、技術を持った人間と関わりながらモノ造りする必要がある。

そう、ダイバーシティ。

そして、ダイバーシティと言う呪文と共に、少数派が発言をするようになって、また、動き出しもした。

そこに来てもう一つの理由がやってくる。
日本の右傾化。

僕は個人的には今まではリベラル過ぎたと思う。
そして、“リベラル≒左”と言うくらいにリベラルで右と言う人が少ない。

そういった意味で色々あるだろうけど、あのタイミングで民主党が尖閣諸島を国有化した事は“おっ”と思った。

そして右傾化している中でダイバーシティは受け入れられるのだろうか。

或いは左に寄って行く中で保守派が口を塞いでいたのかもしれないが、ここ最近ダイバーシティの合言葉のもとで主張を始めた少数派と、右傾化する中で活動が活発になった保守派の衝突とも思える出来事が続いている。小さな、ホントに小さな衝突だけど、個人的に見逃せない。

この考えが僕の中でハッキリと認識できたのは、先日、写真家のレスリー・キーが逮捕されたこと。

六本木のギャラリーで男根が写っている写真集を販売したから。らしい。
ちなみにギャラリストも逮捕されたようだ。

まぁ芸術とポルノの線引きは出来ないし、議論も不毛なので避けたいが、これは少数派が少数派コミュニティの中で存在し続ける事を許してきた時代の終わりだと感じる。


例えば、小学生が見える場所にエロ本が置いてある事が問題なのは理解する。僕も規制された渋谷西武のように、ホントに何の仕切りも無く、そこを通りがかった人に対して、不快感を与えやすい作品が展示してあるのが問題だとする意見も百歩譲るとしよう。

でも、森美術館の会田誠の個展へのクレームや、今回のギャラリーで売られていた写真集へのクレームには違和感を感じざるを得ない。

美術館へ何のリサーチもせずに行く人が居るのだろうか?
ギャラリーなんて元々閉ざされた場所だ。
猪瀬東京都知事が「ゾーニングが大事、少年が青年になる時に、ちょっと背伸びをしたところのモノをドキドキしながら手にする体験が重要なんだ。」と言うような事を何かで言っていたが、そういった意味ではギャラリーはどこもかしこもゾーニングされた場所と言える。

何が言いたいかというと、表現の自由を許したくない保守派の人間が、潰したい対象をわざわざリサーチして、わざわざ出向いて、わざわざ不快な思いを味わって、そしてクレームを入れていると邪推する。

そして、それがニュースになる時には、あたかも左の少数派が悪いように描かれる。右傾化する中ではそう描いた方が馴染みやすいのかも知れないし、人口における年齢の分布的にも保守の方が馴染みやすいのだろう。

大島渚監督が亡くなった時に「愛のコリーダ」における無罪判決が美談のようにニュースを駆け巡った数週間前が笑えてくる。

個人はメディアに流され無いようにしなければ。
メディアは権威や時代に流されてはいけない、時代の流れに自ら乗るのである。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 19:46Comments(0)つぶやき

2013年02月02日

第一カテゴリを意識すべき




あぁ・・・・全てを諦めると色々人生楽になるのかなぁ~・・・・。とか、最近鬱っぽい僕です。
とは言え、廃人になりたくないのでギリギリ踏ん張る訳ですが、土俵際でアキレス腱ヤバイ感じの今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

先日ブログで会田さんのクレーム問題を書いたんですが、ゾーニングとは一体何なんだと思うわけです。
猪瀬直樹東京都知事は以前なにかの媒体で、通過儀礼的様式というような事を言ってました。

エロ本ってのは高い所にある。或いは18禁コーナーと言うドキドキする場、恥ずかしい場所にある。
18禁とは言え、まぁ高校生くらいだと入れなくも無いし、買えなくも無い。

ただ、それには緊張と言うか覚悟と言うか、まぁドキドキしながら背伸びをして買ったり覗いたりする訳だけど、そのちょっと背伸びをして手にする行為が大人になる通過儀礼的に必要なんだ。みたいな事ですね。

これには「なるほど」と思った訳です。
ちなみに僕のスタンスは、僕も色々と規制されて怒られますが「何でもありじゃないか!!とにかく何でも晒せばいいんだ!!」と言うようには全く思ってなくて、「そりゃ子どもに見せられないレベルとかあるよな。」とか思うわけです。

だから猪瀬さんのコメントには納得なんですよ。

でも、ちょっと難しい細分化した問題を最近感じています。
アートとポルノの境界みたいな事は不毛な議論なので避けますが、アートにはポルノを意識的に用いたものもあるし、アートはポルノを包括するものだと言えると思います。
もちろん、ポルノがアート的に振舞う事も十分考えられるでしょう。


それを踏まえてゾーニングするには、やはり18禁カテゴリを細分化せざるを得ないと感じます。

ちょっと前にKindleで電子書籍を出しました。
これがアダルトカテゴリに入れられたんですが、これは僕の作品がどうこうの前に問題だと感じます。

Kindleにおいては、基準は判りませんが、R-18判定を受けると、とにかく第一カテゴリが「アダルト」になります。
第二カテゴリは“写真集”“小説・サブカルチャー”“コミック”です。ここにアートはありません。

例えば映画でR-18のモノがあったとして、それがアダルトビオコーナーにあると言うのは違和感がある。
具体的にはデビット・クローネンバーグの「クラッシュ」キューブリックの遺作「アイズワイドシャット」ハルベリーがアカデミーを取った「チョコレート」などがR-18だけど、どれも社会派映画だし、チョコレートなんかは人種問題も含め判り易く人間ドラマを描いた良作だと思う。

これらがいわゆる「アダルトコーナー」にあるとしらたどうだろう。。。違和感があってならない。
それでもどうにかしてゾーニングするのであれば、映画→洋画→映画ジャンル→R-18くらいだろう。

もちろん、世の中にはイカに性的にエロいか!!を求める人も居るだろうから、それはそれで18禁エロの中で、SMでもスカトロでもジャンルを分ければイイ。

そういった意味ではアートの中にはアダルト作品も内在する事になるので、今回の森美術館のようにR-18部屋を設けたのはコンテンポラリーアートがより開かれたものになる為には必要な事だと思う。

しかし、R-18規制が原理主義化してるのか?
どう区分けしても公的な場所での展示は認め無いと来た。
公的、と言っても森美術館は私設美術館だ。

第一カテゴリが何に属するかに関わらず、そのものを構成するエレメントに性的、暴力的要因がある事を取り上げて規制していては、きっと大きな損をする。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 20:31Comments(0)つぶやき

2013年01月31日

森美術館に抗議が入ったらしい。




あっ、この作品は僕のです。
会田さんとは関係ありませんのでご注意を!!

さて。。。。
アートには多様性があります。
と言うか、何でもアリな感じですよね。

「違う」と言う人も居るかもしれませんが、この場合は美術館やギャラリーに展示されているものがアートだと仮定してます。
ホントに・・・・色々あります。

何でこんなにも多様性が許されてるのか?それが良いのか悪いのか?どうしてそうなったのか?は省略します。
と言うかちゃんとは知りません。

僕はアートの多様性とゾーニングの難しさはSNSでありFacebook、ネットの世界のそれと似ていると思ってます。
ある作品を見て、不快に感じてそれ以上何も教授できない人も居れば、不快に感じる事でその媒体に意識が向き、結果として大切な事に気が付く人もいる。もちろん、通常不快と思われるようなモノや事、行為がむしろ大好きだという人も居る。

会田作品がどうしても許せない!と思う人は、ネットも自由にサーフィンしないのではないでしょうか。
ネットの画像検索や、中東革命時のFacebook上では、思いもよらない情報を目にします。

英語ができないのでとにかくシェアされた動画を観たら、黒焦げの兵士の映像でした。正直気持ち悪い。リアルに気分が悪くなる。それが観たくてクリックした訳じゃない。
でも、その映像から民主革命のリスク、それでも民主化を求める市民の想い、戦争の悲惨さ、人間の善と悪をこの上なくリアルに感じられたし、何よりも具体的に何が起きているのかを知ることができて、結果的に観て良かった。

これを言い換えます。

美術を良く知らないのでとにかく都内で話題の美術館に行って作品を観たら、少女の肢体が切断された絵画でした。
でも・・・・と続くのか
金返せ!と続くか
”わたくし”と言う存在を超えてもなお許せない!!抗議だ!!と続くのか。

そんなもん人それぞれです。


ネットは社会の中で非常に重要なツールです。危ないから子どもにはやらせない!と言う訳には行かない。
だから、子どものクリスマスプレゼントにiPhoneを贈った母親の誓約書があんなにも話題になるんです。

アートも映画のように、エンターテイメントでもあり、ジャーナリズムでもあり、科学技術の集合体でもあったりするんだと思います。
でも、特に日本ではそうしたアートのあり方は失われて、それぞれ代替手段を見つけた事もあって、アートが必要とされる状況が無くなっているように感じます。

だから無理矢理観る必要は無い。
みんな観ないから知らなくても不自由無い。
子どもにだって見せる必要も特に無い。

観るとしたら教科書でしか見た事のない「アレ」を観に行く。
それは国宝や門外不出の何か、あるいは絶滅したと思われてた生き物を見るような体験だから。

そういった意味では森美術館は今までにも、媚を売ってない感じの展示をしてきたと思いますが、そこをもう一歩踏み込んだら、「踏み込みすぎだ!」と怒られたんでしょうか。

僕も作品造って発表もしてますが、ギャラリー、デパート、youtube、アメバブログと規制を受け、Kindleではゾーニングされました。
でも、好きだと言って毎回見に来てくれる人も居る。
その中にはお金を払って作品を所有してくれる人まで居る。
更にその中にも、内在される問題に共感して買ってくれる人も居れば、ビジュアルが好きと言う人も居る。
テレビメディア関係の世界の人もいれば、マリファナ屋さんも居ます(オランダ在住オランダ人)。

超狭い世界ですが、ここには今流行りのダイバーシティと寛容性がある。
それってとても素敵な事だし、案外住みやすいですよ?
だからもうちょっと社会にも寛容性を発揮してもらって、ちょっと教授して貰いたいと望みます。

天然痘ウィルス程度には、公的とは言えある種隔離された美術館と言う場所での存在を許してはどうか。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 11:07Comments(0)つぶやき

2012年12月12日

Kindleで噂の電子書籍出版に挑戦




さてみなさん。こんばんは。
寒い・・・とにかく寒い。
あの小沢さんを使いこなす人も居れば、僕は自分の指先すら使いこなせない寒さでございます。

さて、こんな日々は室内で過ごすのが一番!
いや・・・常に室内に居るのが当たり前の状態ですが。。。

そんなわけで、サービス開始してちょっと時間が経ったKDP、Kindle ダイレクト・パブリッシングを使って電子書籍を出してみました。もちろん作品集です。

素晴らしい!フリーツールだけで出版が可能でした。
今回特に気を使ったのは、作品の写真を並べただけではWEBサイトと同じ。
タブレットやスマホで読む形になるので、写真だけだったらホントにWEBと差別化できないんですね。

そういった意味ではまだまだ紙媒体の魅力ってあるなぁ~と再認識したりもしましたが、今回は電子書籍なので、作品の解説を付ける事で、読み物として機能させました。

電子書籍ならではのリンクなどの機能も使って、作品写真と解説をリンクで結んで、体裁としては前半作品写真、後半を解説にしていますが、リンクがあるので、簡単に行ったり来たりしながら柔軟に読めるようにしました。

さて、電子書籍自体は興味があったら300円なので買ってください。
100冊売れないと僕には1銭も入りませんので、是非ともよろしく。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00AAGR9YO/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1355305735&redirect=true&sr=8-2

今回のメイン記事は、Kindleで出版するにあたって、ちょっと判り難かった点、そして問題点などを書いていきます。



まずは、Kindleで出版する場合、最低100円付けなければなりません。
そして手にするマージンを30%と70%(75%だったかな?)から選んだりするんですが、選べない国や両方の条件がそれぞれ違うので、注意が必要です。

特に利益を多く貰える方は、通信料を取られるので、写真集や漫画みたいな画像が多くてファイルサイズが大きいものは注意が必要なようです。

そして、一番は送金手数料でしょう。
amazonが日本の法人では無いためだと思うんですが、アメリカから送金されてきます。

ここが僕も良く判らないんですが、銀行送金なら1,000円単位。
以前は10,000円単位だったのか、WEB上で10,000円と言う記述を良く見ますが、僕が出したときは1,000円でした。
そして小切手なら10,000円単位です。

これ、送金手数料を調べると、結構なモンなんですよ。
銀行のいわゆる手数料も1,000円とか1,500円とかとられて、更にコルレスバンクへの手数料も数千円発生するハズなんだけど、1,000円とか送られてきたらどうなるんだろう・・・。

赤字とかになるのか・・・
この辺よく判らないんですが、どの道注意は必要な予感で満たされています。

調べると、アップルのアプリなんかも同じ状態だったらしいんですが、日本からのアプリ提供が増えたのか?この手数料が今は掛からなくなったと言うような話もWEBのどこかで見たので、Kindleもそうなるかも知れませんが・・・・。

そして、もうひとつはアメリカに納税しないといけない。
これはアメリカ国内で営業活動して無い的な書類の郵送あるいはFAXで回避できます。

まぁ色々心配ごとはあったのですが、とりあえず出版してみよう・・・。
この後はアマゾンのドタバタぶり?の為に、スムーズに進みませんでしたが、今は解消されてるかも知れません。

まず、「あんたの作品18金だからね!」的なメールが来ました。
「透明人間・レイプ」
とか書いてあったので、そんなカテゴリに分類されたのかとビックリしましたが、何とコレ、送信ミスのようで、その後僕宛のメールが来ました。

まぁ作者の名前がメールに無かったとは言え、メールの送信ミスは勘弁して欲しい。

そして僕に来たメールも「あんたの作品18金だからね!」なわけです。
そこにはそれ以外に「でもアダルト指定で出版はできるから下記で確認してね」と、URLが書いてあるんですが、リンク先はNOT FOUND・・・・・。

どういう事だとメールを出して初日終了。

翌日、返信は来ないまま。
「出版されました」メールが午前中に届きました。
確認すると確かに出版されてます!!もちろん18金で!!

そこでツイッタやFacebookで宣伝しようとしたその時・・・再びNot Foundになってます。
しばらくしても復活していないので再びメール。
そこで2日目終了。

翌日、メールが午前中に来ます。
「どうみても確認できますけど?大丈夫??F5とかちゃんと押した??」的なメールが着ます。
ムカついてF5連打しましたが、もちろんNot Found。
再度メールを送ります。

そうしてると、またメールが来ました。
僕のメールへの返信ではなくて・・・・・
「あんたの作品18金だからね!」メールが何故か再び・・・・。もちろん“再送”とはなっていません。

しかし、以前との違いはそこに記載されてあるリンクで出版が確認できた事。
しかし、この時点ではまだURLの直接入力でしか確認できません。

それから数十分後に再度メール。
「「出版されました」」メールが再度。

これ以降アマゾン上で出版されていますが、なにやらKDPジャパンの慣れてない感じが手に取るように伝わってくる状態でした。

おそらく18金に引っ掛からなければ翌日には出版されていたんじゃないかと思いますが、例外状況だとゴテ付くこともあるようです。

そして何より良くないのはアマゾン・ゾーニング。
18金の扱い方です。

それはまた長くなりそうなので次回に。。。。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 18:49Comments(0)つぶやき

2012年10月29日

動物園で動物を売るには

今僕はアートフェアULTRA005と言うアートフェアに参加しています。
コンテンツなのか場所的な問題なのか客層なのか理由はいろいろだと思いますが、現代美術をビジネスとして行うのはもうホント掛けとか雲を掴むような話なので、これはもう作家も「夢や欲望のため」と言うしか活動や制作の根拠が無い状態であります。



そんな僕がじゃあ何の為にこんな事をしてるかと言うと「日本を良くしたいから」とか言う何とも漠然として、雲を掴むというか大気圏に殴って穴を開けたいとか言ってるようなモノなのは、これはもうギャグでしょうか。



さて、日本で美術品が売れないと言っても、売れないと言ってる人が多いだけかも知れません。
美術系学校を卒業する人数が世界でも多い方だと言われているのに対して、美術品を購入する、いわゆるコレクターが少ないなんて事も言われていて、まぁこれは人口比で考えたらどうなのかとか数字は判らないですが、小さなマーケットに大量の商品が並ぶのでそれは顧客の取り合いのようなものでバラつきも出るだろうし、泣かず飛ばずって事もあるでしょう。

まぁ人口が多くて国のGDPなんかも高くなると、富裕層の数も魅力的な作品・作家も相対的に増えるので、マーケットが拡大します。
実際2008年の中国は凄かったですね。

どこかが発表したマーケットで売れる作家トップ20とかの半分以上が中国人作家でした。
これは経済成長著しい中でマーケットも成長し、人口の多さから作家も多いんじゃないかと推測します。
裾野が超広いアーティスト層をマーケットがグイッ!っと引っ張りあげて、裾野が広いだけに大きな山になる。

僕も発表してる人間なので、自国のマーケットは拡大して欲しいと思います。

日本は作家の数は多いと思います。
裾野と言う意味では大草原な訳で、日本人としての僕の価値観から観て、面白いなと思う作品が無いわけじゃない。でも、それが売れないのはどうしてか。

まぁx軸の裾野に対してy軸のコレクタが少ないからグイッ!っと上がらずに、大草原のままと言う事なんだとは思いますが、じゃあ日本人は美術に興味が無いかと言うとそうでもない。
2,3年前の話だけど、世界の美術館来場者の多かった順で、日本が1位~4位を独占した事がある。
まぁ現代美術に関してはこの中の企画には入ってなかったと記憶してるけど。

そこで、今回僕は会場で久しぶりに友人と再会したのだけど、彼は僕より若いけど、僕ら世代を含めても美術には造詣も深い方だと思うし、収入と言う意味でも間違いなく平均値よりは遥かに高いと想像できるポジションに居る。

そんな彼が言った事が非常に腑に落ちた。
「美術を観るのは非常に楽しいが、コレクションして家に飾りたいとは思わない。動物園で動物を観るのに近い。」



今までも日本人は美術を「観て楽しむ」モノとして捉えていたと言う話は前々からあるけど、どうも具体的にそれを理解する事が難しかった。だって、欲しいものは欲しいと僕は思うから。

それは結局、作品が商品でもあると言う事を僕は認識していたからなんだろうけど、多くの人はそうか、動物園の動物・・・・なるほど。と言う感じ。

動物園の動物も、もちろん買えない訳じゃない。
買える動物も居るんじゃないかと思うけど、そんなつもりは“毛頭”ない。

もちろん動物園でプライスが付いていても、金額に驚くばかりで購入する人は居ないだろう。
例え手に届く金額で、お気に入りの可愛い動物が居たとしても、“ペットを飼う”という事は結構色々と考えてしまって敷居が高い。

ん?これって美術品と同じじゃないか!!?

どんなニッチなモノでも、世界中を見渡せばそれなりに需要はあるとは思う。
そして、世界のどこかでは必ずバブリーな状況の国もいくつかはあったりする。

美術に関して日本にはあまり需要が無いのが現実なだけに、啓蒙活動ばかりやっていると作家もギャラリーももたない。
しかし、“先行投資”の名の下に闇雲に数を弾を撃っても、弾はいずれ勢いを無くして地に落ちるだけである。

いや、もちろんとんでもない勢いでぶっ放せば、それは宇宙まで行って永遠と何かにヒットするまで進むのだろうけど、それはこの世では天才と呼ばれる奇跡である。

僕らは地に落ちないように、せめて地に足をつけて、少しづつ高い山を築かなければいけない。
その為には「動物園で動物を売る」と言う難題を解きつつ歩む必要があるのかも知れない。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 13:52Comments(2)つぶやき

2012年07月20日

震災以降のソーシャル時代による苦悩




久しぶりにブログでも書いてみようかと思います。

最近はこう、何だか、鬱っぽいんです。
原因は判らないんですが、たぶんTwitterのせいでしょう。

何故か?

クリエイティブな活動をするにはある程度の隔離状態って必要だと思うんです。
単に時間や作業的な事を除いても。

自分と向き合うとか、そう言うのでは無い。そんな青臭くて非合理的な事じゃない。

そうそう。
このブログは今までと違ってスマホで書いてます。とりあえずEvernoteに…もしかしたら複数日に分けて書くかも知れません。

だから何だか調子が違うのです。

さて、僕の作品は一言で言えば時事です。
それは僕の中の生き残り戦略みたいなもので、アートはメディアとして機能させる事でしか必要枠が無いんじゃないかと思った訳です。

まぁ、日本てインフラや物品、エンターテインメントは良いのに何だか住み辛い。それは大きくは日本人だから。

少しでも日本人が幸せになるように、その為にはリチャードフロリダの言う多様性と寛容性が足りない気がしてならない。

或は、自分自身や広くても家族くらいの単位でしか幸福を考えていないように見える。

そんな事を少しでも変えたくて、作品は常に身の回りの身近な問題を扱ってきた。特に大問題なハズで身近な問題でもあると想像できるが、なかなか真剣には考えないような問題を扱ってきた。

しかし、震災によってそれまで扱ってきた問題が相対的には小さく見えて来てしまった。

今もリアルタイムに問題視されているイジメや自殺。もちろんそれらの問題は震災以前も以後も変わりなく重大な問題だけれど、それよりも国民単位で共通の、最優先すべき重大問題がいくつも出てきてしまった。

社会保障、少子化、原発、自然災害…
もちろん3.11そのものに触れた作品は、前回の個展でも何点か発表した。

それは作品が時事ネタを多く扱ってきたからと言うよりは日本人のアーティストとして、3.11に触れないと言う訳にはいかなかった。日本人アーティストの責任としてという事も大きかった気もする。

と言うか、3.11以前にキャリアをスタートさせた日本人アーティストが、3.11前後に全くそれに触れた作品を制作していないとなったらそんなアーティストは僕は信用できない。


さて、今僕はこうしてブログを書きながら、こんな事に意味があるのか?と考えてしまってるわけです。

なぜか?

これがソーシャル時代の残酷なまでの自分の立ち位置の確認によるものではないかと思い始めてます。

ソーシャル時代の今、僕はあらゆる最新情報を手に入れ、リスペクトする人物の思考と思想に触れ、自分の思考レベルの低さや、自分がひらめいたと思った事のほとんどはすでに誰かが発言している事を知る。

もちろん僕の立ち位置の確認をした時に、きっと下にもいくらか階層があるかも知れないし。まぁあるだろう。そう言った意味では自分が一番下だと卑下してる訳じゃない。

しかし、僕はSNSはほとんどTwitterしかやらない(Facebookもmixiもアカウントはある、google+も)。そしてフォローしてるのはほとんどは僕がリスペクトする人物なのだ。

それは僕にとってTwitterが元々は作品のテーマを見つける為に、最新の情報が欲しかったから、友人などは積極的にはフォローして来なかった背景がある。

そして今、日々目にするTwitterの中の階層構造においては僕が最下層だと言う事を残酷なまでに思い知る日々なのだ。

だから、何をやっても世の中を良くするような事は無いのではないか。僕が世の中に問いたい事、提案したい事は既に誰かが僕よりも大きな力で提示してるんじゃないか。むしろ僕の思想や思考は誰かの劣化コピーでしか無いのかも知れない。

そんな思いに日々さらされているのだから鬱っぽくもなると言うもんだ。
そして最初に言った隔離状態と言うのは、作品を生み出すある段階においては、勝手に何かを信じて黙々と演算処理的に作業をする必要があると思うのだけど、その環境の構築も難しくなりつつあるのだ。

それでも作品を造り続けるのは、少しでも日本を多様性と寛容性のある社会に変えたいとか、弱い者の味方として何か行動をしていたいとかそんな単純で安っぽくて難しい理由なんだと思うんです。

まぁ、僕にとってはデモに行くよりも作品を造る方が世の中の為になる気がするという事かも知れない。

比較するものがデモだという事が悲し過ぎすけど。

というのも、大飯原発再稼働の時の大飯原発前のサウンドデモはホントに意味が無かったと思っていて、あれはむしろ日本においてのデモという行為の印象レベルを下げたとすら思う。

しかし、ここでも僕の客観的視点がリンクするのは、アートなんてデモくらいの影響力しか無いんじゃないか。大飯原発のサウンドデモの、リンガに女性がまたがった神輿を裸の男が担いで、周りには太鼓を鳴らす人が居る滑稽さくらい、僕が作品で世の中を良くしたいなんて言うのは滑稽に見えているのかもしれないと言う点だ。


この問題に結論は出ない。
出るとしたら、僕自身が自分の作品の価値を見つけられなくなった時か、 姜尚中の言うところの、悩んで悩んで突き抜けられれば…Reality Distortion Fieldに至れた時なんじゃないかと思う。

どちらにしろ何だか大変かも。
まぁでも、欲望の延期と言う奴の結果を期待して、神が降臨するのを期待して、何かが変わるかも知れなく、何も変わらないかもしれない今日を迎えよう。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 08:49Comments(0)つぶやき

2012年03月08日

アメブロで規制されたインタビューのノーカット後半

前回アメブロで規制を受けたインタビューのノーカット版を掲載いたしましたが、お陰さまでDREAM GATEさんには規制をされずに一週間掲載を続けさせて頂いています。

今回はその後半です。
ちょっと制作や彫刻と言うニッチな話が中心ですが、制作への想いや、作品の具体的な説明なども行っていますので、是非、お目通し頂ければ嬉しいです。

今回のインタビューからアメブロ規制に至まで、近々またこちらで僕の意見を書きたいと思います。

今日のところはインタビューの後編のみ掲載いたします。
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みなさん、おはようございます。

 毎週木曜日、「みんなの学び場美術館」担当の
「彫刻工房くさか」日下育子です。




 本日は素敵な作家をご紹介いたします。


現代彫刻家の舩木大輔さんです。前編・後編の2回にわたってお届けします。


前回の高松和樹さんからのリレーでご登場頂きます。

http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11162219219.html


舩木大輔さんの作品のテーマ、素材作品制作の思いについてインタビュ―をもとにご紹介させて頂きます。

今日は後編です。

 お楽しみ頂けましたら、とても嬉しいです。 


*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*




タイトル   奴らは必ずやって来る    制作年2007
素材   オーブン粘土(スカルピー)にアクリルガッシュ
サイズ  H1650 W220 D220(mm)



タイトル   望んでいたのはそれじゃない    制作年2006
素材   オーブン粘土(スカルピー)にアクリルガッシュ
サイズ  H200 W200 D200(mm)


日下
「 さて、舩木さんは、大学では彫刻科のご出身なのですね。制作では実材(石、木、鉄などの彫刻の素材)なども経験されたけれども、今はこの素材で制作されているということなのですよね。」

舩木大輔さん
「ああ、そうですね。僕、すごく非力なんですよ。あんまり力が無いんですね。もともと体も弱かったので、単純に粘土細工が好きな男の子がそのまま彫刻に行っちゃった感じなんです。彫刻ってみんな体育会系ですよね。」

日下
「そうですよね。」


舩木大輔さん
「僕、そういうイメージを全く知らないまま彫刻の方に行ったので、それはそれですごく戸惑って、悩みました。でも粘土っていわゆる塑像じゃないですか。だから塑像っていったらやっぱり彫刻になるので、そのまま彫刻科に行ったんですけど。でもやっぱり、その鉄とか石とか、全然彫れないですよね。力が無くて。
 あんまり工具とか使って、力が無いので、石なんか穴を開けようと思っても自分の方が弾んじゃう感じなんで、僕にとって効率的な素材じゃない感じなんです。

 ちょっと木を選んだことがあったんですよ。でもやっぱり僕は粘土というのを小さい時からいじっていたせいか、失敗が許されない緊張感というのを全然楽しめなくて、それでそのあとすぐ塑像というか粘土の方に行きました。


 それで、当時は彫刻というとパブリックアートみたいなところでしか活躍の場が無かったので、よくパブリックアートみたいな事を言われて、学部の時は、なんかそれなりに耐久性などや、雨風に当たって劣化が激しい素材はどうこうという話があったので、当時はそれなりにFRPにしたりして。 作品のサイズも大きくしたりして。
 
 大きさだけでいえば等身大位あったんですけれど、でも原型を作ったらもう90パーセント位満足しちゃうんですよね。それで残りの10パ―セントで型をとって、FRPのバリ取りをしてというのは何かどうも、当時の学生の身分としては生意気ですが、それは表現という所とは違くて作業だと思ったんですよね。

 僕は自分の中で思いついたものをもっとどんどんかたちにしたいという欲求があったんですよ。 なのでその欲求が耐久性とか、外に置くのが前提だからという理由で、思ってもいない作業をしなくてはいけないというのがすごく耐えられなくて。
 それで、僕の作品は外には置くつもりはありませんというぐらいの感じで、大学院に入ってから、そういう型どりとかをする必要のない素材に移っていったんですね。」


日下
「なるほど、じゃあちゃんと数は作れる素材ということですね、月に一作品作るとブログか何かに書いていらっしゃいましたが。」


舩木大輔さん
「そうですね、ただ大学院に入って卒業して彫刻に戻ってから、しばらくは等身位の大きい作品を作っていたんですよ。で僕はもともと球体関節人形というのが好きで、ご存知ですか?」


日下
「はい分かります。四ツ谷シモンさんとか。」


舩木大輔さん
「それで、もともとああいう関節に球体が入っていて、動く人形を作りました。ただそれは展示をしようとしてスタンドなどに立たせると、もう棒立ちにしかならないんですよ。
 要するに関節は動くけど、重力にはた耐えられないので。その・・・展示してもみんな突っ立ってる表情がつまらなくて、で関節は球体で繋がっているけど、ポーズを固定するみたいなことを始めたんですよ。

 で、そうしたら、やっぱりもともと彫刻なので、ポーズをとらせると筋肉の動きとか、肉の溜まりとか伸びとかそういうマニアックなところがやりたくなって。そういう体の状態って関節に顕著に表れますよね。それで関節をとっちゃったんですね。でも、そうするとただの裸婦像とかにしかならなくて、要するに関節も無い普通の人間だし、ポーズも固定していて人間のかたちして立っていると、もう裸婦像にしかならなくて、今更それをやってもどうしようもないというか、退化しているようにしか思えなくて。

 それで、その時に一から考え直そうと思って、その時に大きい作品ではそれなりに時間がかかるので、思いっきりチャレンジングなことってできないんですよね。もう失敗するのも怖いし。で、こういうのちょっとやってみたいなと思ってもどうしても後回しになってという経緯があって。
 なので、とにかく作品を小さくして、失敗しても後悔しないぐらいの時間で作れるぐらいの大きさまで小さくして、とにかく頭に浮かんだものは全部作ろうと思ったんですよね。」


日下
「ああ、そうだったんですか。」


舩木大輔さん

「そしたらここまで小さくなっちゃたという。でもともと細かいのは得意だったので、ここまで小さくなってもそんなに、素材やテクニックの面でちょっと困るということはあんまりなかったんですね。ただ大きさは大分小さくなってしまいましたね。ただ思ったことは何でもかたちに出来ています。

 普通、彫刻家だとマケット(模型)とか作って本番に挑んだりするでしょうけど。僕はそんなことも面倒臭くてとにかく作っちゃうので、だからお蔵入りしちゃう作品もたまにあるんです。やってみたらあんまりかたちとして面白くないとか、造ってみたらこれは思ったより伝わらないなとか、そういうのが出てくるので、それはどんどんお蔵入りにしちゃって。

 何か僕はそっちの方が効率がいいんですよ。マケット作ったり、ドローイングしたりするよりも。」


日下
「そのように制作そのものが既にどの段階も本番という風にやってらっしゃると、その制作の面白さが表現にも出てくるのかなとは感じます。
 それで素材は、スカルピー(オーブン粘土)って書いてありますが、焼いていらっしゃるんでしょうか。」


舩木大輔
「そうです、焼いているんです。」


日下
「オーブント―スターで焼くみたいな感じでしょうか。」


舩木大輔さん
「そう、オーブント―スターでも焼けますが、今僕は熱の通り方とか作品の大きさとかいう問題で、薫製器ってあるんですよね。薫製を作る要は鉄の箱なんですけど。
 その薫製器に電気コンロを突っ込んで自作窯みたいなのを作って焼いています。通常は家庭のオーブント―スターでも焼ける素材です。」


日下
「モデラーとかフィギュアの方が使うものなのでしょうか。」


舩木大輔さん
「そうすね、基本的にはフィギュアの原型師さんとかが使う素材です。」


タイトル   だって翼が生えるの    制作年2008
素材   オーブン粘土(スカルピー)に油彩
サイズ  H160 W365 D200(mm)




タイトル ×(1945+X+Y) シリーズVol.1  光の中からこんにちは。  制作年2010
素材   スカルピーに油彩
サイズ  190×130×150(mm)




日下
「そうですか、私は扱ったことがない素材なのでお聴きしてみました。

 それで舩木さんの作品というのはどれも独特でいらして、ブログなどでも、個々の作品制作の思いを書かれていて、言葉にも力がおありだなと感じました。
 そういう作品にも言葉にもどちらにも力があるというのは、私は素晴らしいことだと思いました。

 それで個々の作品について、私と読者に向けて、少し作品を読み解いて頂けたらとても嬉しいのですが、いかがでしょうか。
 私が好きな作品は『可愛いあの子のために愛を叫ぶんだぜ』です、とてもストレートですし、分かりやすいと思います。
 とてもあっけらかんとしている感じがとてもいいと思いました。

 それと『だって翼が生えるの』も私ははじめはあまり傷を意識しないで拝見していたのですが、よく拝見すると痛みのある作品ですね。この作品はやはりリストカットのような事を題材にしているのでしょうか。でもやはり希望ということで翼が生えてきちゃうということなのでしょうか。」
 
舩木大輔さん
「そうですね、そこはもう一つあるんですけど、僕の周りにリストカットとかしている人が何人かいるんですね。そういう人たちと話をしての、ちょっとドキュメンタリ―という感じもあります。うつ病とか引きこもりとか・・・・リストカットする人ってリストカットすることで安心すると言うんですよね。
 そして、特に死にたくて切っているわけじゃないんですよね。大概の時は。切って血を見るとすごく安心して、明日から頑張ろうとかって思うらしいんですよ。」

日下
「ああぁ、そうなんですか。」


舩木大輔さん
「その感覚は、僕もすごくよくは分からないんですけれど。 ただ一つ、彼女たち、女の子が多いんですよね、彼女たちにそれをするなというと余計苦しくて苦痛だと思うんですよ。
 結局彼女たちは自分を救うために、明日から頑張ろうとか思うために、切るんですよね。それで彼女達は切ることでその何か軽く『プチ生まれ変わり』みたいなことをしているんだと思って、それで翼を生やしているんですね。」


日下
「そうなんですか~。うぅ~ん。その血を見ると安心するとか、明日から頑張ろうと思うとかいうのは、肉体に痛みを感じることでリアリティーを求めるというか、そういうことなのでしょうか。」


舩木大輔さん
「そうなんですかね。そこはちょっと当事者じゃないのでわからないんですけど。だからその、それは僕も勘違いしていたというか、思ってもいなかったことなんですが、すごく可哀想なのは彼女たちが、特に団塊の世代みたいな人たちから言わせると、すごく“弱い人間だ”みたいな言い方をされるんですよね。何かがあるとすぐ手首を切っちゃうみたいな。

 違う世代の人は『死ぬ気もないのに・・・(切るぐらいなら死ねという意味ではなく)』みたいなことを言うんですけど、でも彼女たちは強いわけではないかもしれないけれど、強くなろうとして手首を切っているというか、すごく頑張るんですよね。 何も出来ないかもしれないし、弱い立場かもしれないけど、それでも毎日強く生きようと本人なりに思っていて、そこの何も出来ない自分だけど何かがしたい、強く生きたいという所の狭間で、多分そこの穴を埋めるために手首を切るようなところがあるのかなと思って。

 僕は彼女たちを責める気にはならないし、毎日手首を切るしかないのかな(切る以外に回避策が無いのかな?)とすごく思うけど、もう手首を切ることでしか救われないんだったら 『手首を切りながらでも頑張って』って思うんですよね。ちょっと肯定してあげたいというところがあって。人間って辛い事とか悩みとか一つぐらいはあるけれど、やっぱりそこを否定されると余計辛いじゃないですか。でもそういうものを抱えているのが人間だし、しようが無いしみたいな思いも自分の中にあったりして。何かそういうことですよね。」



タイトル  指一本で何かが変わり始めるかもねぇ~。   制作年2011
素材   スカルピーに油彩、石粉粘土にラッカ―塗装
サイズ  240×260×130(mm)



日下
「う~ん。すごく深いですよね。
 もう一ついいですか『指一本で何かが変わるかもねぇ~』についてもお聞かせいただけますか。この作品はアルファベットの意味がわからなかったので、より気になりました。」


舩木大輔さん
「そう、ちょっとこれ意外に失敗だったと思うのが、RTというのが、意外に世の中的に知られてないんだなと、僕も最近気づいたんですけど。
 あのRTってこれ、言葉でいうとリツイートっていう意味で、ツイッターの記号なんですよ。でツイッターを結構見たりやっている人は、RTという二文字のつながりにピンと来るものがあると思うんです。」


日下
「そうですか、私もツイッターはちょっとだけやっているんですけれど分かりませんでした(笑)。」


舩木大輔さん
「公式のリツイートする時には付かないけど、非公式のリツイートする時に自分で、前の人の引用をして、文章の頭にRTってつけて、返信したりするんですよね。
 RTっていうのは、そのリツイートの意味なんですよ。
 
 それで、さっきの中東の革命とか見ていて、あれツイッター・フェイスブック革命って言われたりしてますけど。 何かソーシャルネットワークを通じて、反政府的な意識のある若者をつのって、最終的にある日どこかで突然、広場に群衆が集まるみたいな感じになったんですけど。でも別にツイッターでもフェイスブックでも、別にデモには参加しないけど、世の中変わった方がいいなと思っているから、情報を拡散するための手助けはするという人は結構たくさんいたと思うんですよ。

 特にリツイートって指一本で出来ちゃうじゃないですか。でも指一本でリツイートを繰り返すことによって多分その、仲間をいっぱい集められて、それでその中には、デモをやるなら俺たちも行くぜみたいな人たちもいて・・・・。ということだと思うんですよね。

 だから本当に今の世の中って、もしかするとそのリツイートっていうか、指一本でリツイートをすることによって、世の中を変えることができるかもしれないっていう。まあそこなんですよね。そういう指一本で、ワンクリックで世の中を変える一部にはなれるかもしれないっていう。だからその女の子のは寝そべっているんですよね。
 僕もデモには行かないタイプなんですけど(笑)」


日下
「うーん。なるほど~。そうですか。
 そういうお話を聴いていると、舩木さんの作品で面白いところというのは、今までの伝統的な彫刻ではテーマにし得なかったようなものがテーマになってきているという気がします。
 

舩木大輔さん
「そうですね、。本当にテーマは時事ネタと言ってはそれまでですけど。時事ネタですよね。」


日下
「私は実材を使った彫刻をしていて、身近な出来事から感じることを入り口にしますが、大きなテーマは生命感とか、自然とか、哲学とかそう言うものに向き合っているところがあります。
 舩木大輔さんの作品の個性的なところは、ダイレクトにすごく身近なテーマそのものに向き合っていらっしゃいますね。 舩木さんをご紹介下さった高松和樹さんが『現代彫刻家』と仰っていましたが、本当にそうなんだなという風に思います。」


舩木大輔さん
「今回、僕は自分の個展のタイトルに『カジュアル・コミット』ってつけてるんですよね。全然作風からはかけ離れちゃうというか、作品がエクストリームというほどではないけれど、作品が怖かったりするので、そう言った意味では作品のビジュアルからイメージが遠いかも知れないのですが。
 要するにみんなもっと気軽に、自分の外側の世界と関わりを持ってほしいという願望みたいなものなんです。」


日下
「なるほど~。」



タイトル  「そろそろ上書きインストールでしょ。 」   制作年2012   
素材   スカルピーに油彩、パネルにアクリル塗装
サイズ  114×60×14(cm)






舩木大輔さん
「なので、僕もやっぱり彫刻科を出ているので量感とか、タッチによる質感の表現方法とか、安定感とか興味が無いわけではないのですが、ただそれはあまりにも彫刻の中の話であって、それをいきなり提示してもよくわからないんだと思います。それこそパブリックな場所に女性の像とかこの辺でも立っています。それで、どうして彫像の下半身は大きいんだろうねという話が生徒さん達からも出るんです。

 それで、僕らだと安定感を求めるとか生命感を求めるが為に、あるいは女性らしさを強調するために結構腰周りとか、腰から下って大きくなりがちだったりするじゃないですか。
 でも最近の若い子って、みんなお尻が小さいし、みんな細いですよね。でもその橋のたもとに鳩とかと一緒に立っているような女の子の像は、若いのにすごく、腰つきが大きいんです。そんな風にこの辺でアートとかに触れない人にとっては、逆に不自然みたいなんですよね。

 そういうことを説明してあげると、なるほどね、という話にはなるんですけど、多分そういう方向で彫刻っていうのを極めていって、それをいきなり世の中に提示しても多分わかりにくいんだろうなというのがあります。

 僕はそこが興味が無いわけではないけれど、こう時事ネタみたいな、もうちょっと身近なものをテーマにしてそれによって興味を持ってもらうというか。最初からみんながアートとか彫刻とかに興味を持ってくれるといいんですけど、まだそこまでいかないなという僕の思いがあって、なのでむしろそのアートっていうのが先に来ずに、アートを手段にするか目的にするかという話がよくあるんですが、もう手段とするしか存在意義がないんだったら、手段として働くしかない、みたいなことです。何となく。

 勿論目的でなければ、存続が無いとか発展が無いとか、アートがアートである以上、アートとしての目的を遂行すべきだという意見は分かるんですけど、ただそれをやっているとすごい世の中から乖離していく気がして。」


日下
「そうですね。それは感じますね。
 私自身も石を彫ってきて、ここからやっていくとしたら、あまり目的遂行だけにこだわらないような気がしますね。
 私自身が今このようなブログ活動をしているのは、精神とビジネスの学びをしていて、その活動を実践しているということがあります。

 今までは、先輩作家さんなどから、美術をやる以上、100人の方に見て頂いたら、100人の鳥肌を立てるぐらいじゃないとという事を言われてきました。
 これからは人がどうあれですが、いろんな作家さんがいて、いろいろな発表の仕方やら活動の仕方がある上で、私自身の場合は100人対象よりはたった一人のためにという作り方になるのではないかという気がしています。」


舩木大輔さん
「ああ、そうですね。今はそのたった一人のために比較的情報は伝わりやすい社会ですもんね。それは何となく、僕もそうは思いますね。
 あんまり大衆みたいなものを意識しなくてもいいのかなと。」


日下
「まあ、自分のありのままの姿とか、心地よさとかに忠実になっていけばという意味でです。心地よさ、やりやすさといっても単純にやりやすいというのではなく、どこで納得するのかというのを追求していくと、私はそういう特性の人なのかもしれないと思っています。無理をせずというか、アーティストがワールドワイドな活動をすることだけがすごく王道的なアートというのではなく、いろんなあり方があるという意味です。」


舩木大輔さん
「そうですね。多分何か興味をもってくれる人がすごく増えれば、いわゆる王道的じゃないアートも何とかなると思うんですよね。それは音楽業界を見ているとそうだと思います。
 
 音楽ってすごく民主的な発展をしていると思っていて、すごく大衆文化になっているじゃないですか。多分レコードの時代って音楽って高級品で多分レコード自体に税金がかかっていた時代もあったと思うんですが。それがCDになって大分安くなって、コピーもできるので、大分大衆に溶け込んだじゃないですか。だからインディーズでも何とかなるというか。

 あと本当に音楽が良かった時代って、例えばコーネリアスみたいな、ああいうちょっと変わった事をやっている人が結構セールスを出すとか、音楽の事務所がプロモ―ト出来るというのはそれだけ器が大きかったからだと思うんですよね。パイが大きいからちょっとチャレンジングなことができるんだと思うんです。

 だからアートってすごく狭いから、あんまり変な事をやっていると本当にポツンとしちゃうというか、だからそれは作家がやらなくてもいいのかも知れなくて、僕は個人的に社会と関わりを持とうと思っているんですけど、多分そんなことを誰も思わなくても、もしかすると他力本願なんだけど評論家とかキュレーターみたいな人たちが、すごい頑張ってくれて、もっと大衆がアートに興味を持つようなプロモーションができてれば、作家が頑張ばらなくても日本におけるアートの状況が 変わったのかもしれないですけど。

 でもまあそれを言っても、作家が頑張らばらなかったのか誰が頑張らなかったのかわからないですけど、とにかく今すごくあの注目をされていないと思うんで、なので他人に頼っていてもいつどうなるか分からないので、自分から社会と関わってみようかなと思っているんですね。」


日下
「そうですね、素晴らしいです。たくさんお考えを聴かせて下さってありがとうございます。
 
 さて、舩木さんは 今個展中かと思いますが、ギャラリーさんとの関わりについて教えていただけますか。」


舩木大輔さん
「今、個展をやっているのは、ギャラリーアートコンポジションといって月島にあるギャラリーなんです。もう一つ、貸しギャラリーで発表していた時からマキイマサルファインアーツさんでよくやらせてもらっていました。でも今でも企画があったりすると声を掛けてもらったりするんですね。なので、マキイさんとは今でもお仕事させてもらっていますね。
 マキイさんのところは半貸し・半企画みたいで取り扱いという風にはなっていないので、声がかかれば展示させてもらう見たいな感じですね。
 所属としては、ギャラリーアートコンポジションの方が取り扱い画廊という風になっています。」


日下
「舩木大輔さんの今後の発表予定や抱負などお聴かせ頂けますか。」
 

舩木大輔さん
「これからはですね、2月18日まで個展をしているんですけど、決っているのは6月に学生の時の仲間で展示をします。
 それは6月5日から10日までギャラリーKINGYOさんでのグループ展です。参加作家が38人いるみたいです。全員が同じ大学を卒業している出身者です。」


日下
「とっても、見応えのあるグループ展になりそうですね。詳細がでましたら、ぜひこのブログでも紹介させて下さい。
 
 では、最後に次回のリレー作家をご紹介頂けますでしょうか。」


舩木大輔さん
「私からの紹介作家は 川尾朋子さんです。バックグラウンドは書、現代書で、幅広い活動をしていらっしゃいます。現代美術ギャラリーに所属して活動している作家さんです。
 SATOSHI KOYAMA GYARLLYです。 去年の夏ぐらいにオープンしたところなのでまだ新しいところです。」 


日下
「舩木大輔さん、今日はお忙しい中、素敵なお話をたくさんお聴かせくださいましてありがとうございました。」




*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*


舩木大輔さんには、前回の高松和樹さんのリレーでご登場頂きました、

今回、初めて舩木大輔さんの制作への思いをお聴かせ頂きました。


『 社会的に弱い人とか、あるいはすごくニッチな世界とかをテーマにしつつ、アイロニカルな感じを取り入れたり、モチーフになっている子が笑顔だったりとか、見る人にも少し
 歩み寄りつつ、問題提起をしていきたい』という作家の言葉通り、とても社会的な問題意識のあるテーマで、見る人の心に強く残るオリジナリティーあふれる作品を作っていらっ
しゃると感じました。

今回、インタビュー記事の一部と作品写真の掲載を、都合により一部割愛させて頂くこととなりましたが、ご理解頂ければ幸いです。
また掲載も1週間遅れとなりまして、楽しみにして下さっている読者の皆様には大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。

上記の通り、
※『記事全編をご覧になりたい方は、舩木大輔さんブログにてご覧下さいませ。⇒ http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/ 』



皆さんもぜひ舩木大輔さんの作品をご覧になってみてはいかがでしょうか。 



*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*

◆ 舩木大輔さんのホームページ

  ⇒http://www.daisuke-is.me/ 


◆ 舩木大輔さんのブログ 美術家は実は企業家でした

  ⇒http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/d2011-11.html


◆ 舩木大輔さんが主宰するアトリエ
  アートスタジオ プチプぺ
  
  ⇒ http://www.petite-poupee.com/                   


◆ 舩木大輔さんの作品の取り扱いギャラリー ギャラリー アート コンポジション
  
  ⇒ http://www.galleryartcomposition.com/japanese/main.htm
  


◆ 舩木大輔さんが6月に参加するグループ展の会場ギャラリー。ギャラリーKINGYO
  
  ⇒ http://www.gallerykingyo.com/index.html



◆ 舩木大輔さんの月間プチプぺ通信で、私がとても感動したもの
    
 ⇒ http://www.petite-poupee.com/school/communication/2008/200808.html  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 12:30Comments(1)僕の作品の紹介で恐縮なカテゴリ

2012年03月01日

規制することに合理性・発展性はあるのか??

前書き
このBlogは日下育子さんが書かれているBlog「みんなの学び場美術館」内に掲載されている記事のノーカット版です。

こちらに平行して同じ内容を記載する理由と言うのは、元々「みんなの学び場美術館」はアメブロ内で運営されているのですが、僕の今回のインタビュー内容がアメブロの禁止事項に引っ掛かったためです。

文言が引っ掛かったのか、画像が引っ掛かったのか判りませんが、内容を読んで頂ければ決して文言によって人を傷付ける様な事はありませんし、画像は芸術作品としてエロスや痛みを伴った過去累々と制作され残された芸術作品のそれと比較しても尚、規制されるモノか疑問を感じますが、1つの問題提起としてこちらの“社長Blog”に掲載したいと思います。

この件についてはここではこれ以上言及いたしません。
また近々、こちらに書きたいと思います。

多様性と寛容性のある社会を夢見て


舩木大輔

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みなさん、おはようございます。

 毎週木曜日、「みんなの学び場美術館」担当の
「彫刻工房くさか」日下育子です。




 本日は素敵な作家をご紹介いたします。


現代彫刻家の舩木大輔さんです。前編・後編の2回にわたってお届けします。


前回の高松和樹さんからのリレーでご登場頂きます。

http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11162219219.html


舩木大輔さんの作品のテーマ、作品制作の思いについてインタビュ―をもとにご紹介させて頂きます。

今日は前編です。

 お楽しみ頂けましたら、とても嬉しいです。 


*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*・・*




タイトル   可愛いあの子のために愛を叫ぶんだぜ
制作年  2007
素材   オーブン粘土(スカルピー)にアクリルガッシュ
サイズ  H315 W130 D180(mm)





タイトル ちょっとやらせてくれる?
制作年  2010
素材   オーブン粘土(スカルピー)に油彩、ロープ、シ―ナリーパウダー
サイズ  H155 W175 D175(mm)





タイトル  「 ココまで来たけどココまでっぽい。 」
制作年  2011
素材   石粉粘土に胡粉下地油彩塗装、発泡ウレタンフォームにアクリル塗装
サイズ  125×80×75(cm)



日下
「舩木大輔さんの制作テーマについてお聴かせ下さい。」


舩木大輔さん
「僕の中で大きく、本当になぜこんな風にものを作っていちいち発表しているかというと、世の中をちょっと良くしたいということがあります。
 世の中を良くするには、どちらかというとネガティブなことがテーマになるんですね。社会的に弱い人とか、弱い団体とか、あるいはすごくニッチな世界とかをテーマにしつつ・・・・。
 もともとがネガティブだから、それを思いっきりやると暗い作品になるので、僕なりにちょっとアイロニカルな感じを取り入れたりとか、必ずではないにせよモチーフになっている子が笑顔だったりとか見る人にも少し歩み寄りつつ、問題提起をしていきたいなというのがあります。
 なので、大きくは世の中を明るく幸せしたいということが根底にはありますね。」


日下
「ネガティブを通して、世の中を明るく幸せにしたいということなのですね。」


舩木大輔さん
「そうですね。ちょっとネガティブとかアイロニカルな表現を通して世の中の人に認識してもらいたいかなと。例えばリストカット、引きこもり、自殺とか、そういうことってみんな問題なのは知っているじゃないですか。情報としては知っていると思うんですよね。でも、すごく身近にそういった問題を抱えた人がいなければ、そんなに身近な問題としてとらえないですよね。
 大問題なのは知っているけど、じゃあどうにかしようとか、それをちょっと変える方向に、何か小さい事、細かい事でもやってみようと思う人って少ないですよね。
 
 それって何となく・・・・僕の勝手な解釈ですけど、文字とか声とか・・・、大体、いま情報が伝わるのって新聞やネットとかの記事になってるものとか、テレビラジオの音声とかが多いと思いますけど、結構それって右から左に流れていってしまって、大変な問題だという情報だけは知識としては知っているけど、そんなにあんまり残らないんだろうなと思っているんです。
 
 それで文字とか声とかというものはメディアなので、彫刻や絵画もメディアと考えれば、社会的な問題を彫刻とか立体というメディアに乗っけて発信すると、勿論メディアが変わるので伝わり方が違うかなと思って、駄目かもしれないけれど、実験としてそういうことを作品を通してやりたいのです。」


日下
「はい、舩木さんの作品は心に残り方がとても強いと思います。」


舩木大輔さん
「多分それはそうかと思います。より具体的なかたちになるので。結構規制されたりするんですけど。」


日下
「はい、舩木さんのブログに展覧会が規制されて途中終了ということが書いてあったので、そういうことってあるのかと思いました。」


舩木大輔さん
「そうですね。去年、渋谷西武で。それはグループ展だったのですが、誰から規制されたのかはいまいちハッキリしないんです。すごく突っ込んで聴いた作家は、主催者側からかなり真実に近い理由を聴いているらしいです。ただ、そんなにそこを突っ込まなかった作家には、真実は知らされていないですね。だから僕も、どの作品が誰によって規制されたのか、クレームがあったのかは聴いていないんですけど。それは僕の作品によるものかもしれないし、そうじゃないのかも知れないですが。

 渋谷西武で行われていた、ちゃんと会期を設けて作家も数人、といっても20名ぐらいで大分多いんですが、作家たちを呼んで行った展覧会が、会期最初の3日、4日目で突如終了しました。僕らが聴かされた時には『今日を持って終了しました。』という事後報告でした。

 それは僕の作品によるものかどうかというのはよくわからないですが。今回も個展中なのですが、それもクレームめいたものがきて、展示の仕方を変えなければならないということがありました。」


日下
「展示の仕方を変える?」


舩木大輔さん
「そうなんです。ギャラリーの立地的に、一階の路面向けになっているので、道路ではないのですが外に向けて作品を展示出来るんですね。その作品が、通行人からするとよろしくないという人がいたらしく、外向きだった作品を内向きに変えなければならないという状況は起きたんですよね。」


日下
「それは裸とかそういうことでしょうか。」




タイトル 残した種は咲かせましょう
制作年 2010
素材   レジンに油彩、ワイヤー
サイズ  可変(一体:270×50×330(mm))



舩木大輔さん
「うーん、具体的に言うと、首を吊っている作品があったのです。 
 
 この作品は 自殺を扱った作品です。自殺する人と言うのは、もちろん死にたくて死んでる人ってほんの一部です。できれば何とかして生きたい。でも希望も無いし、色々な理由で仕方なく死を選ぶ場合がほとんどです。そうやって死を選ぶ人が日本人は年間3万人以上も居るんです。先進国の中でも際立ってく多い。まぁ韓国も多いのですが・・・。その死んだ人が死を選ぶに至った理由っていうのがあるんだと思うんですが、そういう彼ら彼女らが残した課題を、1つの希望の芽と捉えたいんです。もちろん死ぬことが希望では無いですよ?せめて彼らの残した課題を芽と捉えて、残された僕らはその芽を咲かせて、死を選ぶ人を少しでも減らさないといけないと思うんです。だから、彼らの心(芽)から花が咲いているんです。もちろん年間3万人以上が自殺をする自殺大国だという事は、みんな問題だとは思っているでしょうし、3万人と言う数字も知識としては知ってるでしょう。でも、全然深刻な問題だとは捉えられてない、自分とは凄く遠い問題だとみんなどこかでシラッとしてる。それでは日本の自殺問題は良くならないですよね?もちろん気持ち悪いと思う人や気分を害す人も居るかもしれません。でも、この問題はそれ程に気分が悪くなる、深刻な問題だと言う事をもっと認識して貰いたい。 というイメージで制作したものです。
 
それを外向きに並べていたんですよね。これがよろしくないということになったんですけど。

 まあ、難しいですよね。僕もどちらかというと弱者側からの目線というか、そこがテーマなので。こういうような作品を快く思わない人とか本当に気持ち悪いと思う人がいるだろうという想像はつくんですけど。

 ただ自殺している人を愚弄しているわけでもないし、別に女体とか裸とかをもてあそんでいるわけでもないし、そういうふうに見えるってこともないんじゃないかなぁと思って、半分見る人に期待して作品を外に向けたところもあるけれど、世の中の人はそれほど寛容的ではなかったということかなと思います。」


日下
「そうですか。さきほどテーマをうかがった時に、例えばリストカットとか何かいくつか仰っていましたが、もう一度お聴かせ頂いてもよろしいでしょうか。」


舩木大輔さん
「まぁ、それはすごく例え話なのですが、リストカットとか、引きこもりとか、自殺とか、果ては否モテといってモテない人たち、あるいはオタクの人たちとか、いわゆる草食系男子とか、それから大きく捉えると女性そのもの、女性の社会進出的なことや、格差問題でいうと若者世代のことなどです。そういうことを別に二項対立にするつもりはないんですが弱いもの、狭いものとか、すごく注目されない部分とか、そういうものをテーマにしていますね。」


日下
「舩木さんの彫刻表現には、とても現代の問題が反映されていると思います。今のお話をお聴きしてみて、私自身の見方が表面的だったのかな、と思うところがありました。
 ですが敢えて、私の感じ方の第一印象を言葉にさせて頂くと『誰しもが抱えている煩悩みたいなものをすごく鮮烈な表現で制作』していらっしゃるのかと思っていました。

 ホームぺ―ジで拝見した初期の作品でも、私が気に入ったと申し上げた『あの娘のために愛を叫ぶんだぜ』みたいなストレートな表現のものとか。
 でもすごく鮮烈な表現というだけではない、何か違う感じもしてきていました。」


舩木大輔さん
「そうですね。僕もすごく作品やテーマが変容しているんですが、愛を叫んでいる作品なんかは、勿論そういう風に捉えてもらっても構わないんですが。 例えばオタクと言われているような人たちがすごく頑張ってラブレターとかを書くと、たいがい気持ち悪いって話になりますよね。あるいは、すごく太っている女の子が頑張ってお洒落していると、それはそれで気持ち悪いとか言われてしまったりするじゃないですか。それって超可哀想ですよね、単純に。

 別にオタクだって恋をしてもいいし、好きな人に好きだと言ってもいいし、別に太っている女の子だってお洒落してもいいじゃないですか。僕は何かそちら側に立っているんですよね。」


日下
「そうですか。私はこの学び場美術館のインタビューでいろんな作家さんとお話をさせて頂いていますが、その中でも舩木さんの作品はとても人を引き付ける魅力があると思いました。というのは舩木さんのブログを拝見していたら、ご自身が失敗経験、挫折の経験をお持ちだと書いてあったからです。

 というのは、これらの作品は痛みを知っている人の表現なのかと思ったんです。一見奇抜にも見えますが、それだけではないと感じられるのはそういうところからきているのかなと思いました。 それは作品のみならず、作家さんの魅力かとも思いました。」


舩木大輔さん
「そうですね。僕から他の作家さんを見ると、評価されているとかされていない、売れているとか売れていないは別にして、単純に美術系の活動を学生を卒業しても続けられているような人を見ると、結構みんな幸せそうなんですよね。
 でも、僕は結構辛いことが多くて、なぜかというと美術というところに世の中的に全く光が当たっていないからなんですよね。世界的にもニッチだし、業界的にも。
 
 それで制作時間には制作さえ楽しめれば楽しいのかもしれないけれど、僕は制作しているのは勿論嫌いではないんですが・・・。 僕はそれを通して何か世の中に発信できている実感があるとか、あるいは世の中に何かが伝わっているとか、大きく言うと世の中に役に立っているという実感がないとすごく焦燥感に駆られるというか、別にやらなくていいんじゃないかという気がしちゃうんですよね。」


日下
「はい、分かります。」


舩木大輔さん
「ええ。なので、最終的には僕の中でアートという世界や、あるいはアートマーケットというものとかが活性化していけば勿論嬉しいんですが、それは投機価値があると言ってみたり文化を大事にするってどうこうでしょと言ってみたりしても、それは別に作家側がやらなくてもいいというか。それは言葉でしか伝えられないし、まあそれは僕が言うことでもないので。 
 僕はそこまでは言わないけれど、僕ら以外のニッチな世界だったり、ちょっと社会的に弱い人がテーマになっているんだとは思うんですね。」






タイトル  「 先に進むためにまずは謝らせて頂きます。  」   
制作年 2012   
素材  スカルピーに油彩、パネル、ポリアクリルエマルジョン
サイズ 606×803×80(mm)


日下
「舩木さんのブログのタイトルが『美術家は実は企業家でした』と書いてありましたね。それも何か想いが重なっているのでしょうか。」


舩木大輔さん
「“キギョウ”の“キ”が起きるじゃなくて普通の企なんですが、だから、僕自身はもう世間が美術家というジャンル、芸術家みたいな人のことをどういう風に思っているか、客観的にはわからないんですけれども、僕が学生を卒業して活動している中で感じたのが、結局美術という業界みたいなものが、自分たちは特別な存在だという思いが強過ぎたのかどうか・・・・は判らないですが・・・・美術という業界自体が大きく考えると一つの企業体なんだと思うんですよね。

 どうやってお金が回るかというのをやはり考えなきゃいけないし、世の中にとって何で自分たちが大事で必用なのかというのをアピールして伝えていかなくちゃいけないし。そういう事をしてこなかったから、世の中の人たちは別に美術が無くても誰も困らない。美術・芸術というジャンルは存在した方が良いとみんな思うと思うんですけど。でもそれは、自分が特に何かをしなくても単純に世の中に漠然と美術というものが存在してた方がいいよねということであって、だからといって一人一人が美術に興味を持ったりというのはしないですよね。

 それは多分、はっきり言うとこっち側の怠慢なんだろうなと思うんです。だから僕は先ほどお話した通り、大きく言うと世の中を平和にしたくて活動しています。普段、自分たちが意識していないことをもう少し強く意識してもらうとか、作品を通してちょっと知らなかったことを知ってもらうようにとか。それを美術を通して知ることによって何か『ああ、そういう美術の表現の仕方があるのであれば、僕も応援しようかな』とか、そういう気持ちになってくれればいいな、というつもりです。
 だから僕は今はあんまり自分のことは作品には込めていないんですよね。」


日下
「なるほど。美術家ということが企業家だということ。」


舩木大輔さん
「そうです。美術というジャンルが一企業の企業体だということですね。
 だから一人一人の美術家は美術全体の企業の参加者で、もっと対世の中というのを考えなくてはいけないと思いますよね。」


日下
「そうですね。私自身にもズシッと響きますね、私自身にも。」


舩木大輔さん
「そうですね。それは僕自身もそう言いながら自分を戒めなきゃいけないといいますか、そうは理想では思ってるけど僕自身もどうすればいいのかは全然わかりませんが。」


日下
「そうですね。身の置き方と言うか難しいですよね。作家というのも本当に。
 私はそれほど作家としては代弁者というようなものではないかもしれませんが、そういう姿を見せる人が世の中にいるという、そいいう価値はありますよね。」


舩木大輔
「そうですよね。だから別に僕もどうすればいいのか分からないから、なかなか具体的には自分のしていることが正しいのかどうかも分からないし、いわゆる美術はこうあるべきだというのを啓蒙するほど何か確信めいたものがあるわけじゃないですけど。絵が描ける人がみな風刺漫画ばかり描けばいいかというと決してそういうわけではいないんですけど。

 まあただ、一つ、村上隆がルイ・ヴィトンとコラボしたのをあんなに叩かなくてもいいのかなとは思いますけどね。」


日下
「ええ。村上隆さんご自身も『芸術起業論』という本を書いていらっしゃいますものね。」


舩木大輔さん
「そうですね。村上さんのキギョウは起きる方だから。村上さんは多分、個としてすごく強いので、多分自分が立ちあげる方の起業として活動が行えるのだろうと思うんですけど。

 僕はちょっとそこまで一個人としてあまり確信めいたものも自分を強いと思う根拠もないので、なので立ち上がる方の起業じゃないんですよね。
 作家として存在しているというところはすごく認識していますが。とはいえ、自分というものにあまり執着する必要が無いのかなと。

 僕は以前にサラリーマン経験とかあるんですけど、末端に行けばいくほど歯車として動くしかないじゃないですか。だからそれに近いんですよね。」





タイトル ×(1945+X+Y) シリーズVol.2  若者奴隷世代ですが何か?
制作年 2010
素材  スカルピーに油彩、アルミ、革、その他
サイズ 220×160×130(mm)




日下
「舩木さんは、東北芸術工科大学のご出身でいらして、経歴の最初の頃には文化庁メディア芸術祭作品出品とありましたが、何かITなどの分野にいらしたのでしょうか。」


舩木大輔さん
「はい。メディア芸術祭は違う所からお話を頂いたんですけど、卒業をして一番最初に仕事をした時はWEBデザインをやったんです。WEBデザインをやったんですけれども会社はシステムの会社でした。なので当時はIT土方という言われ方をしていたんですけど、土方ってとってもキツイじゃないですか。

 IT系は一時期はSE(システムエンジニア)と言われてブランド価値もあって、お金も儲けて格好いいイメージがあったんですけど、今やシステムエンジニアの仕事ってあふれているので、もう本当に末端の方に行くと何も考えずに本当に土方のようにプログラムを一日14時間ぐらい組まなきゃいけないみたいな。ホワイトカラーというだけで全然労働環境は土方のようにキツイというのでよく『IT土方』と言われていたんです。」


日下
「そうですか。初めてお聴きしました。そういうご経験の中で、何か大変な事をご経験をされたということでしょうか。何かはわかりませんが。」


舩木大輔
「そうですね。僕が一番最初に経験した挫折というのは多分高校時代です。ただその後に僕は大学に6年間とか行っていて、その前に一年間浪人もしていて、何かそういう中で大分こう、何というのか、すごく自由で寛容的な社会ですよね、美術の世界って。それでそれはすごく心地が良かったんですよね。
 
 僕が一番最初に高校時代に挫折したというのは、僕は高校時代に他の人とすごく雰囲気が違っていて、全然周りの高校生が楽しめることを僕は楽しめないんですよね。
 分からないけど毎日つまらなくて、面白くなくて、それで大学に行ったらとても楽しかったんですよね。勿論ものを作ることも好きだし。好きなことを好きなだけやっていくと勝手に褒められていくというか。そう言った意味では最高な社会ですよね。
 
 でも逆にいうと、僕もそういった中で、少しづつ社会性を失っていっていたと思うんです。それで就職したら就職したで、自由とか言ってられない中で、でもそこがやっぱりリアルな社会だし、多くの人が身を置く環境ですよね、多分。
 
 でもそうは言っても、そこはちゃんと経済的にはまわってるし、実際のところ今、僕がやっているような仕事よりも全然必要とされている仕事なわけですよ。
 そういう感覚は少し、今の活動に戻ってきたときに、リンクしたかもしれないですね。あまりにも対極であり過ぎて。
 勿論楽しいですけど、全く社会から隔離された世界なので、そこは楽しいけどずっといても仕方ない世界だし。

 逆に結構今の世の中って、といっても僕はそこの企業しか勤めたことはないですが、すごく才能があったり、すごく何か特別な仕事ができる人でない限りは、末端の方では結構辛い感じの仕事の仕方をしているんだと思うんですよね。チームワークでとにかく時間だけが削られていって、自由というものがどんどん失せて、それでも昔みたいにお金になればいいけどお金にもならないから、本当に時間もないし、お金もないし、体も疲れるしみたいな。

 でもそれがすごくリアルな世の中だし、けれどもどちらもそのままじゃいけないなと思うんですよね。
 だからやっぱりせっかく生まれてきて、日本って楽しいこともいっぱいあるし、それなりに平和な世の中だし。 だけども、みんな身を粉にして働いていて、何が欲しいんだか分からないみたいな毎日になっちゃって、かたやフリーターとかしながら美術系の活動している人にしろ、僕にはすごく危機感が無いように見えてしまいます。すごく何かをしているようには見えないけれど、何か楽しそうで、あんまり世の中のことも考えてないような気もして。美術の事はすごく考えているんですけどね。

 美術の事はすごく考えているんですけど、それが全然世の中のこととリンクしているようには見えないので、それはすごく楽しいんだろうし、ある一部で評価されたり、仲間とかできたりするのだろうけど、それはいつまでも世の中に必要とされる感じにはなっていかないだろうなという風にも見えます。

 なので、そこをどうにかお互いの風穴を開けていくような事をしていかないと多分、普通に働いている人は、経済的にはどんどんこれから疲弊していくわけで、それは多分変えようがないので。 だからまぁ世の中は世の中で、何とか今までの経済水準を守ろうと思って必死に働くんであれば、それはもう昼と夜働くしかないみたいな。かたや美術側は美術側で経済が疲弊していけばどんどん食えなくなっていくわけだから、自分たちが置かれる立場ってどんどん狭くなっていくだろうし、そこはもっと風穴を開けて、世の中に対しては自由とかお金以外の価値とかを伝えていけばいいと思うんです。

 美術をやっている方って、本当にお金を使わないで楽しみますよね。」


日下
「そうですね。」


舩木大輔さん
「で美術をやっている方って、みんな月12万ぐらいの給料で、結構みな楽しそうじゃないですか。そういう感覚って、世の中の人はもうちょっと知った方がいいと思うし、逆に美術系の人はもうちょっとみんなの役に立つとか、そういうことを考えた方がいいですよね。」


日下
「そういうお話を聴いきながら思ったことなのですが、舩木さんの、このとても独特な作風、オリジナリティーの強い表現というのは、どういう風に確立されていったのでしょうか。
 ご自身で、とてもインパクトがあるように、考えていらっしゃるのか、自然にああいう風に手から出てくるのか。」


舩木大輔さん
「そこはでも、超意図的にそうしたかと言われるとそうでもなく、単純に僕がもともとB級のホラ―映画やナンセンスな感じのものとかが好きなんですよね。
 そういうことが、僕が意識しないところで働いているのかなと思うんですけど。 ただ、僕がすごく思っているのは僕、こういう作風なので・・・。

 中東で去年の秋ぐらいからデモが頻繁に起こって、いわゆる民主化革命みたいなものが起こっていましたよね。あれをツイッターでリアルタイムで注目していたんです。
 そうすると、現地の人たちも普通にスマートフォンとかを持っているので、今起きていることがリアルタイムでユーチューブとかを通して見れたりするんですよね。
 
 それで、一番最初の新鮮な情報って、映像ファイルにタグ付けもされていないので、その映像って何なのか説明もされずにただサムネイルみたいなのがポローンと出ているわけです。
 そして、どうやらそれは今、エジプトならエジプトで何か起きているかという映像だって事だけはわかるので、まあとりあえずクリックして見るじゃないですか。
 そうすると、最初は民衆のいざこざみたいな映像で始まるんですけど、パッと民衆の足元にカメラが移るとそこには黒こげになった人間が3人ぐらい死んでいるわけですよね。
 
 それは見せしめのために焼き殺された兵士3人だったらしいのですが、すごく気持ち悪いんです。なんか人間が黒焦げになっているって。骨になっていればいいけど、まだ骨にもなっていないからメチャメチャ気持ち悪いし、僕はそれが見たくて情報を得たかったわけでもないし、それが見たくてファイルをクリックしたわけでもないけれど、でも逆にその映像をみると、悲惨さとか、多分その兵士の知り合いかどうかわからないけど周りで泣き崩れている人とかをみると、ほんとにどういうひどいことが起きているのかってニュースとかで見るよりも全然伝わるんですよね。

 だからそういった意味で、僕がテーマにしているのも要は苦しんでいる人たちなので。 そういった負のイメージというのを、別に誇張するつもりもないし、誇張して伝えなくてはいけないとも思っていませんが、ただネガティブなイメージをネガティブなまま表現して、それを見た人が気分を害したり、ドキッとしたりするかも知れないけど、それが現実なんだよという風にしていかないと、見た人もその悲惨さ、それは戦争みたいな悲惨さではないけど、深刻さみたいなものが伝わらないかなとは思ってはいます。

 でもそれは後解釈かもしれないですね。そういう風にしたくって意図的にこうしたというわけではないので。」


日下
「ああ、そうですか~。」


舩木大輔さん
「だから展示発表に規制を受けたり、僕は周りの家族はみんな美術系じゃないので、作品に対していろいろ言われたりもしますが、だからとって平和的な感じに変えればいいとは思っていないです。」


日下
「そうですか、分かりました。」

(後編は、次回、来週木曜日にお届けいたします。)




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舩木大輔さんには、前回の高松和樹さんのリレーでご登場頂きました、

今回、初めて舩木大輔さんの制作への思いをお聴かせ頂きました。


『 社会的に弱い人とか、あるいはすごくニッチな世界とかをテーマにしつつ、アイロニカルな感じを取り入れたり、モチーフになっている子が笑顔だったりとか、見る人にも少し歩み寄りつつ、問題提起をしていきたい』という作家の言葉通り、とても社会的な問題意識のあるテーマで、見る人の心に強く残るオリジナリティーあふれる作品を作っていらっしゃると感じました。


皆さんもぜひ舩木大輔さんの作品をご覧になってみてはいかがでしょうか。

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※ 舩木大輔さんとそのブログの読者の皆様へ ※

 はじめまして。彫刻工房くさか 日下育子と申します。
 先般、私の公式ブログ「みんなの学び場美術館」(アメーバブログ)⇒ http://ameblo.jp/mnbb-art/ で舩木大輔さんのインタビュー記事を2/23掲載する予定でしたが、『この記事には一部、Amebaの健全なサイト運営にふさわしくない言葉・表現が含まれている可能性がある為アクセスすることができません。』とのことで、本当に残念ながら公開することができませんでした。

 その後、サイト運営基準に抵触すると思われる文言に修正、作品写真の割愛という形で、3/1前編、3/8後編を掲載することとなりました。
 このコメントを書いている時点は、まだ3/1公開時間前なので、修正版の記事が本当に掲載されるようにドキドキしながら願って書いてるところです。

 このような経緯になりましたが、アーティストを応援する趣旨で書いた記事全編を、舩木大輔さんのご厚意とご配慮によって、こちらのブログに掲載して頂けることになりましたことを心より感謝申し上げます。

 舩木さんは、作品を通して社会的な問題を表現していらっしゃるために、これまでにも発表を規制されたことがおありとのことです。
 私自身は規制そのものについて問うというよりは、この度の経験を通して、それはある意味 本質的なことを問う感性の鋭さ故のことなのかと感じております。
 この記事全編をお読み頂くことで、舩木大輔さんをより知って頂き応援することと同時に、読者の中に心の荷を下ろして、少しでも気持ちが軽くなって頂ける方がいらっしゃるのであれば幸いだとも思っております。

 舩木大輔さんも私も渾身のインタビューだったと思いますので、このようにお読み頂ける機会を頂けて、本当に嬉しく思っております。

ありがとうございました。


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◆ 舩木大輔さんのホームページ

  ⇒http://www.daisuke-is.me/ 


◆ 舩木大輔さんのブログ 美術家は実は企業家でした

  ⇒http://daisuke.dgblog.dreamgate.gr.jp/d2011-11.html


◆ 舩木大輔さんが主宰するアトリエ
  アートスタジオ プチプぺ
  
  ⇒ http://www.petite-poupee.com/                   


◆ 舩木大輔さんの作品の取り扱いギャラリー ギャラリー アート コンポジション
  
  ⇒ http://www.galleryartcomposition.com/japanese/main.htm
  


◆ 舩木大輔さんが6月に参加するグループ展の会場ギャラリー。ギャラリーKINGYO
  
  ⇒ http://www.gallerykingyo.com/index.html



◆ 舩木大輔さんの月間プチプぺ通信で、私がとても感動したもの
    
 ⇒ http://www.petite-poupee.com/school/communication/2008/200808.html


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Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 11:54Comments(0)僕の作品の紹介で恐縮なカテゴリ

2011年11月01日

カジュアル・コミット




もっと気軽に自分以外の人や事象と関わろうというわけである。

今、世の中は政府側対反政府、リベラル対ネオリベラル、韓流対反韓流など、2曲対立が目立つ。
もっと言うと、2曲対立どころか、みんな個々が離れ離れになっている。

情報化社会の中で、日々多種多様な価値観や情報に囲まれ、その反動的に人は個人のアイデンティティを大切にし、または見付けようと必死になり、また殻に篭る様な場合もあるのだろう。

日本は3月11日、大変な震災に見舞われたが、震災後の初期段階において、市民の力が発揮された。
これは、阪神淡路大震災が震災直後から政府主導で行われたのと比べると、より小さい単位の力が強く働いた事が伺える。

阪神淡路大震災では3日後に決まった震災担当相が東日本大震災では3ヶ月以上後だったりと、政治の弱体化によって相対的に市民の力が増しているように見えるだけかも知れないが、少なくとも日本人は個人個人で考え、結論を出し、行動する事が求められるようになってきた。

これは、長く信じていた政治・経済・治安などの信頼が揺らいで、東日本大震災でトドメを受けて、信じるモノを失ってしまった事も原因の一つと考えられる。

このような、大きくまとまった状態から、より小さい単位へとバラバラになっていく現象は、日本以外でも起こってると想像できる。

それはユーロ解体論の浮上や、オバマ大統領の就任演説からも読み取れる。

演説序盤、今日ここに集まったのは団結する為だと言い、文化・言語・宗教の多様性を踏まえて、建国の父たちが法による支配や人権を確約する憲章を書き上げた事に触れ、建国の父たちの言葉を読んだ「将来の世界で語られるようにしよう。希望と美徳以外は何一つ生き残ることができない真冬の日に、共通の危機にひんした都市と地方はともにそれに立ち向かった」と。

これは、元々バラバラであった米国の成り立ち段階において、どうまとまって米国と言う1つの国家が出来たかを思い起こさせ、再び米国を一つにまとめようとする演説であった。


これは人間に限ったことではない。
文化や産業にも言える。

日本では、テレビにやたらめったらチューナーを搭載してみたり、シャープは液晶パネルを売っていれば良かったろうに、テレビの自社製造に拘り過ぎた結果競争力を失った。こういう傾向は電気自動車の開発に遅れを取るんじゃないかと心配だ。

芸術も同じ。
同じどころか、疲弊し過ぎて、全く注目もされていない。
今風に言うとオワコン(終わってるコンテンツ)である。


先日、スティーブジョブズが無くなった。
彼は多くの革新的なアイデアを洗練された形に具現化する事で、人々に全く新しい体験をもたらした。

しかし、彼は新しい技術を生み出した訳ではない。
既に合った技術を組み合わせて、その結果をよりよい形に落とし込んだだけである。


現代は、全く新しいジャンルを開拓するにも出尽くした感が否めないし、ある一つのジャンルに限って突き進むにはもう彫れる所も少なそうな時代ではないか。

そんな時代においては、いかに自分の立ち居地の外側にあるものとコミットし、互いの優位性を高め合い、また弱点を補うという事が人々に新しい体験をもたらし、新しいイノベーションとなっていくだろう。

日本は多用な価値観を認め、多用な文化を受け入れ、ハイコンテクスト社会からローコンテクスト社会、ハイコミュニケーション社会、ハイエデュケーション社会を目指すべきだ。


僕の作品はヴィジュアル面は日本のカルチャーを踏襲しながら、常に世の中の問題を扱っている。
ようするに世の中の過去と現在にコミットしている。

僕の中には芸術は新しいメディアになりうると言う想いがある。
人々に“気付き”をもたらすメディアである。

インターネットが出て来た時には、こんなにまでもコミュニケーションツールとなりうると確信していた人がどれ程いただろう。
ネットメディアが新聞・テレビメディアを凌駕する存在になると、どれ程の人が予想できたであろう。

同じように、芸術もメディアとなり、人々に“自分以外の存在(人・モノ・事象)”の気付きをもたらす事ができるのである。

その“気付き”がまさしくカジュアルコミットのきっかけとして作用する。


日本の中もみんな細分化されて分散して散り散りになってしまった。
オワコンなアートはアーティストが個々思いすらも自家発電し、益々疲弊しかねない。

作品の多様性は多いほど良いし、個性も様々な方が面白い。
しかし、アートは文化の最たるモノである。
過去と現在を結び、それによって現代の人々に気付きをもたらし、そして未来の国家、世の中を造っていくのであると言う理想を持つべきである。



そんな願いにも似た想いを込めて、危機感にも似た高揚の中で、ここに展覧会“カジュアルコミット”を実施したいと思う。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 22:25Comments(0)つぶやき

2011年09月08日

マイナーチェンジしました。




いやはや、皆様ご無沙汰しています。

実は、僕・・・・結婚してました。
違うんですよ?

この数ヶ月の間にしたのであって、黙っていたわけでは決してありません。

色々と難しい問題ももちろんあるんですが、やっぱり色々な事を変えて逝きたい、いや・・・生きたい、そして行きたい。。。

どうしても、こうも自分の道を曲げられずに続けていると結婚してない人も多くて、その中にはしたくないとかする必要が無いという人ばかりではなくて、先入観や世間の総意と言うか空気と言うか、雰囲気的に出来ないと思い込んでる人も多いんですが、そう言うのも変えて行きたいので、僕は出来るだけ貪欲に前に進みたかったんですね。

もちろん、好きな人が出来た事が大きいけれど。

そして新婚旅行に初海外、スイスを選んでみました。

何でスイスかっていうと、スイスのバーゼルと言う都市では、年に一度、アートバーゼルと言うアートフェア(見本市と言うか展示即売会かな)があるんです。

まだまだ道は遠いですが、最終的に目指したい場所であるところを観ない訳にはドコを目指してるのか自分でも理解出来ない訳ですから、当然と言えば当然で、きっとアーティスト活動をしてる人は一度は行った事がある??のかなぁとも思います。

ちなみに僕は超飛行機恐怖症なので、この機会に初海外となったわけです。

ハイ。
12時間掛けてロンドンへ。
4時間くらい時間を潰して・・・・・
2時間くらいでバーゼルへ。。。

ホテルがドイツの為2時間掛けてドイツ入り(電車)

夜の12時にホテル着

ハイ。

ダブルブッキング。

それから4時間後。
一泊7万円のホテルへチェックイン。

結局そこで4泊しました。

オイオイ。
チケット代より全然高いじゃないか。
まぁ、代理店持ちなので良いのですが。

しかし、バーゼルアートフェアは人も広さも凄かった!
作品も、高級感も、いる人間も様々だし。

そして日本人の姿はホトンど見かけませんでしたね。
多かったのは中国人。




ちなみに、ヨーロッパ人から見るとアジア人は一緒に見えるのか、街中で出会ったイタリア人(犬の散歩中で僕たちはその犬が可愛かったのでツイツイじっと眺めていたのだが)から「君たちは中国人だろ?中国人は犬を食べるんだよな!?」と言われました。

きっと「ねーねーあの犬食べたら美味しそうね♡」
なんて言いながら犬を見てると思ったんでしょうね。

もちろん否定しておきました。
「日本人は犬は食べませんよ。」
「そうか!だったら俺は日本人をリスペクトするーっ!!」

1つ小さな誤解を解いて来ました。

肝心のアートバーゼルですが、アジアとは全く異なった作品が多かったですね。
テクニカルと言うよりダイナミック。

と言えばザックリとしてますが、もちろんテクニックはあるんですが、テクニックと言うより“巧さ”って言った方がニュアンスが伝わるかな。




アジアのアートフェアを見ると、もっと緻密と言う方向にテクニカルなモノが多くて、オシャレなものも多いのですが、ちょっとそう言うのとは違った作品郡が多かったですね。

ローブローアートが来てるとか、マークライデン(マイケルジャクソンのデンジャラスのジャケットを描いてます)の作品が最近超高額取引されてると言う話は聴くのですが、確かにマークライデンの作品はあったけど、まぁそれは肌で感じられるものでは無かったですね。

世界のマーケット事情とか、その流れなんかは、まだ勉強不足なところが否めないので、ちょっと色々言う事は出来ないのですが、個人的には愛国心と言うのに近い、自国の愛文化心のようなものを感じましたね。

イギリスやアメリカが現代美術は牽引していますが、美術に限らずショービズの世界や映画などでも、アメリカって凄いですよね。
やはり勝戦国って敗戦国の先を行くし、戦争のその後を造って行くのは勝戦国なのかなぁ・・・。

そして、戦後の世界の文化を牽引して来た彼らは、やはりそれを守りたいんじゃないか・・そんな感じさえしましたね。

まぁ、KARAは大人気だけど、気に入らない人も多いわけで、それとまぁ≒な感じで、特に美術作品が資産だと言う考え方があったり、愛国(愛文化)心が強ければ、外国からやって来た自国には無い価値観と感覚で造られた作品を、いきなりWelcomはしないのかぁ~??

そこで必要なのがルールだったり言論だったりするのかも知れません。

KARAは何だかんだ言っても日本語で歌ってますし、狙ったかどうかは知りませんけど、モー娘。やAKB48を踏襲してる・・・かどうかも判りませんが、結果から見ると踏襲しているように見えるから、日本でコレだけ受け入れられてると考えられなくも無いですし。

実際、僕・・・BoAちゃん好きでしたが、韓国語で歌う彼女の作品は何一つ知りません。
他国で成功すると言うか、受け入れられるって言うのはそう言う事なのかも知れません。

そう言えば、僕も今年の始めのデパートでのグループ展示の際に顧客クレームよって会期満了せず途中強制終了と言う事態を経験しましたね。
それは結局、百貨店のルールから逸脱していたから排除された。と言う事でしょう。

イヤ、僕たち作家は担当者の許可の下、作品を展示したので、作家がルールを逸脱したと言うよりは、百貨店が新しいレギュレーションを提示したら、それまでのファンがそのレギュレーションを許さなかったという事でしょうね。

まぁ、F-1何かだと結構ありますよね?ファンの意見に耳を傾けつつ、レギュレーションを変更して行く事って。

まぁでもね。
フルモデルチェンジして、それまでの流れをガラッと変えるのって日本人は苦手ですよね。

まぁ、苦手な気がします。

革命とか無いしね。

いや・・・・あのね、最近まとまった時間が無いから、数日掛けてBolgを書くのだけど、そうすると長くなる割には支離滅裂なのですよ。

と言う訳で・・・・

とりあえず、結婚報告でした。  

Posted by 舩木大輔(FUNAKI Daisuke) at 12:41Comments(0)つぶやき